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胸懐の本棚
第1章 胸懐の本棚
高田真紀に限らず、美里以外の女に愛情をともなわせて心動かしたことはなかったと、哲夫は、気持ちを引き締めるように自問自答しつつ、(ナニさらしてくれとんねン!)という憤りをグッとこらえた。
『おネェはおせっかいや、なんて言わんといてよ。
あんたも、真紀ちゃんも独りでは生きていけへんのやから。
ちょっとは前向きに考えたらどやの。
みんな、生きていかなあかんのやで』
予想しうる反論を退けてから、座卓を抑えつけるようにして重そうな尻をゆすり上げた京子は、台所で夕食の仕度を始めた。
―――みんな、生きていかなあかん。
(そうやろか?)と、胸のうちでつぶやいてタバコの火を潰し、哲夫はあお向けに寝転んだ。
首をひねると隣の八畳間で、姉が供えた線香の煙の向こうに、美里の遺影が笑っている。
八畳間の天井は一部分が新しい天井板に替えられてある。
かつて哲夫自身が壊し、のちに修繕したあとである。
ぼんやりと修繕跡を見つめる哲夫の脳裏に、天井裏から垂れたロープに首をかけて、今にも踏み台を蹴ろうとしている彼自身のうしろ姿が浮かんだ。
首筋に走る冷たい感覚を飲みこんで、哲夫は目を閉じる。
姉が冷蔵庫を開け閉めしながら何か言ったが、聞こえないふりをした。