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白濁の泉
第4章 巡礼者
控え室に戻ると千春はいなく、メイク室で髪をセットしている最中だった。

ウェーブに巻かれた自慢の長く黒い髪。
目力をさらに際立たせる濃いアイシャドー。
艶のある赤いルージュ。
バスローブ姿の千春は一緒に自宅を出て来た時の我が妻とは見違えるほど、僅な時間で別人の様になっていた。
真っ白なバスローブの膝元から見える脚には黒のストッキングが履かれている。

私に気付いた千春と視線が合い笑みがこぼれた。
その時私は、皮膚を貫き肋を砕き心臓を鷲掴みされた様に息が止まり千春の小悪魔的な微笑みに魅了されてしまった。

淫靡な世界から降臨した堕天使。
男達の性欲を開放する為に現世に現れた天使であり、美しすぎる悪魔。

私にはそう見えた。

時間を追う毎にスタイリストや撮影ADが慌ただしく、頻繁に出入する様になってきた。千春も私も会話のタイミングを探っていたが叶いそうにない雰囲気だった。

私は諦めて廊下に戻り、開け放たれた非常階段の隅に置かれた灰皿スタンドの前でタバコを燻らせ気持ちの落ちの着きを取り戻そうとしていた。
しかしそれは束の間の落ち着きでしかなかった。

さっき千春と進行の打ち合わせをしていたADが忙しない口調で廊下に犇めき合う男優達に、
「撮影始まりまーす!! 準備 始めて下さーい!!」
と叫んだのだ。

瞬く間に私の鼓動は早鐘を打つように体内に響き渡って行った。
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