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きっかけは映画館
第31章 日曜日
「美味しい、ヒジオ、フレンチトースト美味しく出来てるね。」
「え、俺、麻里絵ちゃんに言われた通りにしただけだから…」
「じゃあ、美味しくない?」
「いや、いつも通り美味しいよ。」
ヒジオは作った手前あまりいつものように『美味しい』と言わなかった。
でも声を掛けたあとは、『美味しい、美味しい』と言って食べる。
やはり遠慮してたみたい。
些細なことだけど、『美味しい』と言いながら口にすると本当にさらに美味しくなり、幸せになる。
ヒジオが大切にしていることを、大切にしようと思った。
「ごちそうさま。」
「麻里絵ちゃんは少し横になってて?」
「ヒジオは?」
「買い物行ってくる。夕飯の材料買ってこなきゃ、それとさ、麻里絵ちゃんてジグソーパズルする?」
「うん、最近は忙しくてしてないけど…」
「何もないと、麻里絵ちゃんの腰に悪いことばかり考えちゃうから…
柄はおまかせでいい?」
「風景画とかがいいな。」
「じゃあ、」
「「ヨーロッパとか?」」
「ふふ、フェアの成功を祈願しながら作るか。いってきます。」
「いってらっしゃい。」
ヒジオが振り返って笑って出ていった。
いってらっしゃい…いってきます…
実家にいた時以来の挨拶だった。
裕司とは、またね…だったが、最後に裕司の部屋を後にするとき、何と言っただろうか…
気が動転したまま、振り切るようにして出ていったので、覚えていない。
そして、これからヒジオをこうやって送り出す日が来るのだろうか…
それもわからなかった。
ヒジオに言われた通り、ベッドに横になれば、いつしか眠りに就いていた。