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明日に架ける橋
第1章 エスケープ
まず、克彦は立食の部屋の中央部分にいた老人に声をかけた。
克彦がしばらくその老人と会話をする様子を、花憐は少し離れたところで見ていた。
老人が花憐に視線を向けてニコリと笑った。

「こちらのお嬢さんは?」
「私の従姉妹にあたります、花憐といいます」
「君にこんな可愛い親戚がいたとは、初耳だな」

克彦に背中をそっと押され、花憐は老人の前に遠慮がちに立った。

「こちらは、私の父がずっとお世話になっていた大濱先生だよ。近隣の大国の大使になられて、今は退官して都内の大学で教鞭を取っておられるんだ。大使の頃は、それはそれは怖~いお人だったんだよ。今でもこの人を恐れている外交官はたくさんいる。私もその中の一人だ」
「おいおい、何てことを言うんだ。本気にしてしまうじゃないか」

老人は克彦をギロと睨むと、花憐に向き直ってすぐに笑顔に戻った。

「有坂花憐と申します。宜しくお願い致します」
「よろしく」

そう言って手を差し出した。
花憐は戸惑いながら、その手を取って、膝を曲げて会釈した。

小さい頃、父の同僚の人に挨拶する時に教わった挨拶の仕方だった。咄嗟に行動に出したものの、ただの握手でよかったのかな、思い伺うように老人の顔を見た。

老人は満足げに頷いて言った。

「礼儀正しいお嬢さんだ」

克彦は短い会話のあと、老人にまたあとで・・・と告げると、次の挨拶をしに花憐を連れ出した。

「私ったら、ただの握手でよかったのに、あんな挨拶してしまって・・・」
「とても綺麗で自然な仕草だったよ。ああいう古い人は、かしこまった挨拶の方が好きなんだ。大丈夫だよ」

克彦に言われ、花憐は少し安心したが、次の挨拶からは軽く握手をするにとどめた。

何人かの挨拶を終えると、克彦がシャンパンを持ってきてくれた。

「挨拶ばかりでつまらなかっただろう。ゆっくり食事でもしてください。私はそろそろ
弾きにいく番なので、これで失礼するけど、何かあったらすぐ声をかけてください」
「弾く・・・・?」
「ビオラを弾くんです。あそこに混ざってね。またあとで聴きにきてください」

そう言うと花憐の傍を離れていった。
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