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明日に架ける橋
第1章 エスケープ
上手に踊れないのだと言ったところで無駄だった。みんな榊と踊るところを見ていたからだ。
花憐は仕方なく何人かの男性と踊ったが、榊と違って明らかに皆’男性’であったから、
緊張してどんどん疲労が溜まっていくのを感じた。

5人ほどの男性と踊ったあと、花憐はちょっと失礼しますと言ってホールを出た。
どこか一人で休めるところを探したが、室内は人でごった返していたし、外の空気を吸いたいと思った。

エントランスから庭へ出ると、足元に仄かな灯りが燈る小道を歩いた。
屋敷の裏に続くその小道の途中にはベンチが置かれており、花憐はそこに座って小さくため息をついた。

秋の夜は思ったより寒かったが、火照った体にはちょうど良かった。

虫の音と、微かに聴こえてくるクラッシックが花憐の心を落ち着かせた。

まだ2時間ほどしか経っていないが、花憐にとっては初体験の連続で、何時間も走りっぱなしのような疲労を感じていた。

思えば今日は朝からいろいろなことがあった。
有坂の家を決死の覚悟で抜け出したのだ。疲れて当然である。
花憐は指先でそっと目頭を押さえた。

「お疲れのようですね」

突然男性の声がして、花憐はハッとして顔を上げた。
立ち上がって挨拶をしようとする花憐を制して、男性はベンチの隣に座った。

初めて見る顔だった。今日花憐に話かけたり、ダンスした男性たちの誰でもなかった。
ストレートの少し茶色い髪は艶やかで、さらさらと音がしそうなほどであった。

切れ長の目は女性的で、綺麗なラインの鼻梁と、優しい微笑みをたたえた唇がよりいっそう男の美しさを引き立てている。

長い足を組んで、上半身をわずかに花憐の方へ向けて座る。男は自分がどういう風に人に
見られるのか、良くわかっているようだった。自信が漲っている。

花憐はピンときた。この男が大河清人に違いない。

「あなたは・・・・」
「大河といいます。鴻池夫人の姪御さんだそうですね。お初にお目にかかります」
「有坂花憐と申します・・・。宜しくお願い致します」

花憐を値踏みするようにじっと見つめる清人の目線から逃れるようにして、花憐は前を向いてうつむいた。

今日会った男性の誰よりも美しい清人に、まじまじと見つめられると、どうしていいのかわからず落ち着かなかった。

「花憐さんか・・・・。素敵な名前ですね。あなたにピッタリだ」

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