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明日に架ける橋
第1章 エスケープ
母を失った父の姿は、傍から見ても痛々しいほどだった。
仕事に没頭し、食事も睡眠もまともに取ろうとしなかった。
酒を飲む量が増え、タバコの本数もぐっと増えた。
母が迎えにくるのを待っている。そんな感じだった。

時折、花憐が眠っていると、枕元に来て泣いていた。
花憐は気付いてはいけない気がして、寝たふりをしていた。

大きな瞳に、血色の良い艶やかな唇、綺麗な形の鼻・・・。

母にそっくりの花憐を見ていると、父は母を思い出さずにはいられないのだった。

花憐自身、母を失った悲しみはもちろん大きかったが、父の姿を見ていると、自分が元気づけてあげなければいけない気がして、花憐はいつも陽気に振舞った。

父は2、3年ごとに海外駐在と日本での職務を繰り返しており、母がいなくなってからもそれは同じだった。

母がいたころから働いていたお手伝いさんとの暮らしは寂しかったが、寂しいと漏らしたことは一度もなかったし、学校の成績は常に一番を取ってきた。運動は苦手だったが、それも頑張った。

父は花憐の話を微笑みながら聞いてくれたが、その瞳はいつもどこか悲しげだった。

それでも花憐は父がいてくれれば良いと思えた。
大好きな母がいなくなり、これ以上父を失ったらと、子供心に常に恐怖心を抱えていたのだった。


花憐が中学生になると、ある日を境に父が一人の女性を家に連れてくるようになった。
それが貴子だった。
貴子は決して美人ではなかったが、少し垂れて、黒目がちな目が優しい印象を与えた。

花憐をとても可愛がってくれたが、貴子にはどこか嘘くさい部分もあって、思春期の真っ只中であった花憐は貴子に懐くことはなかった。

父は貴子を本当に気に入っていたのか、今も良くわからない。
貴子が父の心の隙間に漬け込んだのだと思う方がしっくりくる。

それでも、貴子と一緒にいる父は少し安らいでいるように見えた。

花憐は父のことが好きだったけれど、中学生になると、小さい頃のように父にべったりということもなくなっていた。

貴子が献身的に父に尽くしてくれることが、少なからず嬉しかったのかもしれない。

花憐としても、自分が母の代わりをと懸命になってきただけに、その役割から解放されるという安堵感も正直なところあったのだった。


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