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月夜の迷子たち
第9章 【第二部】マスカレードの夜に
「おい、俊!お前マスカレードに行くことになったって!?」
征哉が冷やかしの笑みを浮かべながら近寄ってきた。
今日は仮装せず、普段着るスーツを着ている。
おもむろに俊の肩を抱き嬉しそうに言った。
「まさかお前があのふざけた催しに参加することになるなんてなぁ!」
征哉のせいで眼鏡がずれた。俊は眼鏡のブリッジを中指でそっと押し上げた。
「招待客ではありません。奏者として行くんです」
俊は内心うんざりしながらも平静を装って言った。
「そんなの関係ないさ。お前は行ったことないから知らないだろうが、宴も後半になればオーケストラの連中もレディの誘いを受けるようになる」
「まさか。では演奏はどうするんです?」
「一人抜け二人抜け・・・・・最後はレコードをかける」
征哉は俊が調律し終わったヴァイオリンを手にして『悪魔のトリル』を弾いた。
俊は征哉がこうやって何気なく弾く姿を何度となく見てきたが、この人が本気でヴァイオリンに打ち込んできていたら世界的なソリストに間違いなくなっていたのにと、内心もったいない気持ちに毎度なるのだ。
口に出して言ったことはなかったが。
「だったら最初からレコードでいいじゃないか、って?」
征哉は突如弾くのをやめて俊にヴァイオリンを返した。
「鴻池家の現当主がご自慢のビオラを披露する数少ないチャンスだからな。そういうわけにはいかない」
俊は小さくため息をついてヴァイオリンをケースにそっと閉まった。
鴻池家は古くから続く名家で、現在も富裕層を牛耳っている権力のある家だった。何世代にも渡って外交官を務め、現在の当主も例外なく外交官であるが、彼は本当は音楽の道に進みたかったという話だった。
現在鴻池の一族で頂点に君臨する鴻池夫人と呼ばれている鴻池文子は、若い者たちの社交の場を提供したいという名目で年に何度も音楽会やらパーティーやらを開催していた。
その中でも一番豪華で、おそらく資金を最も投入しているのが仮面舞踏会だった。
鴻池邸の大広間で財界、政界、官界、芸能・・・・・とあらゆる分野の上流階級の人間が集まる催しだ。
中園家も毎年招待されており、ここ数年は叔父夫婦と征哉が出席していた。
祐哉も本来なら今年は参加する予定だったが、先月長瀞にある別荘近くの河で溺れた子供を助けた時に怪我をして、今は退院したが自宅療養中だった。
征哉が冷やかしの笑みを浮かべながら近寄ってきた。
今日は仮装せず、普段着るスーツを着ている。
おもむろに俊の肩を抱き嬉しそうに言った。
「まさかお前があのふざけた催しに参加することになるなんてなぁ!」
征哉のせいで眼鏡がずれた。俊は眼鏡のブリッジを中指でそっと押し上げた。
「招待客ではありません。奏者として行くんです」
俊は内心うんざりしながらも平静を装って言った。
「そんなの関係ないさ。お前は行ったことないから知らないだろうが、宴も後半になればオーケストラの連中もレディの誘いを受けるようになる」
「まさか。では演奏はどうするんです?」
「一人抜け二人抜け・・・・・最後はレコードをかける」
征哉は俊が調律し終わったヴァイオリンを手にして『悪魔のトリル』を弾いた。
俊は征哉がこうやって何気なく弾く姿を何度となく見てきたが、この人が本気でヴァイオリンに打ち込んできていたら世界的なソリストに間違いなくなっていたのにと、内心もったいない気持ちに毎度なるのだ。
口に出して言ったことはなかったが。
「だったら最初からレコードでいいじゃないか、って?」
征哉は突如弾くのをやめて俊にヴァイオリンを返した。
「鴻池家の現当主がご自慢のビオラを披露する数少ないチャンスだからな。そういうわけにはいかない」
俊は小さくため息をついてヴァイオリンをケースにそっと閉まった。
鴻池家は古くから続く名家で、現在も富裕層を牛耳っている権力のある家だった。何世代にも渡って外交官を務め、現在の当主も例外なく外交官であるが、彼は本当は音楽の道に進みたかったという話だった。
現在鴻池の一族で頂点に君臨する鴻池夫人と呼ばれている鴻池文子は、若い者たちの社交の場を提供したいという名目で年に何度も音楽会やらパーティーやらを開催していた。
その中でも一番豪華で、おそらく資金を最も投入しているのが仮面舞踏会だった。
鴻池邸の大広間で財界、政界、官界、芸能・・・・・とあらゆる分野の上流階級の人間が集まる催しだ。
中園家も毎年招待されており、ここ数年は叔父夫婦と征哉が出席していた。
祐哉も本来なら今年は参加する予定だったが、先月長瀞にある別荘近くの河で溺れた子供を助けた時に怪我をして、今は退院したが自宅療養中だった。