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月夜の迷子たち
第9章 【第二部】マスカレードの夜に
本来なら祐哉の秘書の俊が参加することはない。

舞踏会用に準備していたオーケストラ内でインフルエンザが流行り、ヴァイオリニストが数名出席出来なくなってしまった。

鴻池の力があればすぐに補填できそうなものだが、それを聞きつけた征哉の父が優秀なヴァイオリニストがいるからぜひ参加させてほしいと鴻池夫人に申し出てしまったのだった。そのヴァイオリニストというのが俊だった。

かつてソリストを目指してあらゆるコンクールの賞を総なめにしてきたとはいえ、今は趣味程度にしか弾いてない。急遽オーケストラで弾けと言われても気がすすまないのは当然だった。

「あのおっさん、鴻池に気に入られようと必死だな。ま、’中園のために’一日ヴァイオリン弾くくらいどってことないだろ?」

普段征哉に’中園のために’こうあるべきと説いている俊に対してわざとらしく言った。
俊は祐哉の秘書だが、実際には中園の会社の仕事もしたし、中園家の執事のような役目も担っていた。更には祐哉は会社だけでなく中園一族の人間として社会活動もしているからそのサポートもする。祐哉たちの祖父や父親から頼まれる仕事も多い。日々やることは山ほどある。中園家のなんでも屋みたいな存在だった。

中園に忠誠を誓っている俊にとって、どの仕事も遣り甲斐を感じていた。大きな組織を支える一人として存在していることに誇りを持っている。
だから余計に征哉の適当な仕事ぶりに腹が立つ。

とうとうヴァイオリンまで弾くことになったことを征哉に揶揄されて冷ややかな気持ちになる。

「・・・・もちろんです」

俊はこれ以上ないくらい冷たい目で征哉を見た。

「やだぁ~俊くん、こわい~~!さ!そろそろ行こう!今日デビューする子も沢山いるからな!楽しみぃ!!」

鴻池開催のパーティーで社交界デビューする若い女性は多い。それを狙う独身男性ももちろん多い。征哉は特定の彼女を作るつもりはないが、単純に初々しく美しい女性を見ることに喜びを感じているのだ。他の鴻池のパーティにはめっきり顔を出さなくなったが、この舞踏会だけは毎年参加している。

俊は燕尾服の上着を着て、ヴァイオリンケースを手に取ると征哉の後に続いた。
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