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月夜の迷子たち
第9章 【第二部】マスカレードの夜に
「私は失恋などしていない。落ち込んでもいない。誰かと踊りたいとも思っていない」

冷ややかにそう言うと、踊るのをやめて立ち止まった。
女性は邪魔にならないよう、慌てて俊の手を引いてダンスの輪から抜けた。

「もう、急に立ち止まらないでよ!危ないなぁ」

女性はぷんぷんと怒った表情を見せた。

「そう・・・・踊りたくないのに、無理やり踊ってもらってごめんなさい。でも、他の皆はうそっぽいお世辞ばかり言ってきたのにあなたは正直に話してくれて嬉しかった。私はあなたと踊れて楽しかったわ。ありがとう」

俊の大人気ない言葉に対して、女性の嫌味のないまっすぐな言葉を聞いて、俊は何も返すことができなかった。

俊の元を去ろうと背中を向けた彼女の二の腕を思わず掴んだ。その拍子にマスクのリボンを引っ張ってしまい、結びが解ける。

「あっ・・・・・」

女性は慌ててマスクを手で抑えながら、俊を見上げた。グレーの瞳が驚きでわずかに開かれた。

「君の名前は?」

音楽が止み、照明が徐々に薄暗くなる。人々のざわめきが聞こえた。
これからピエロによる余興が始まるのだ。

女性はふ・・・・・と笑うとマスクを下に少しずらして言った。

薄暗くなった部屋に彼女のグレーの瞳だけが浮かび上がるようだった。

「それも言わない約束なの・・・・・だけど」

真っ暗になる直前に俊の耳元で囁きが聞こえた。

「レイアよ。またね」

吐息が耳をかすめて、甘い香りがさっと通り過ぎた。
艶っぽさなどない、少女が内緒話をするような無邪気なトーンだった。

それなのに・・・・・・。

俊は絶句していた。たったそれだけのことで、今までにないほどに欲情していた。

暗闇で良かった、と心底思った。
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