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Jacta Alea est.
第1章 叙任式
「……貴方を呼んだのはニコレウス前教皇と現在の教皇様のことです」
周囲を警戒するように小さく重々しい口調で、メーヴェは口を開いた。
アヴィレスは怪訝そうに眉を顰めた。幼い頃からの兄貴分であったニコレウス3世ならともかく、彼の跡を継いで即位したという現在の教皇については会ったことはなく、噂程度の認識しかなかった。
「つい3ヵ月前、フェリクス6世として即位なさいました。ご存知ですね?」
「…えぇ……、歴代の教皇とは違って非常に若いとか」
「そう、若く美しい青年です。聖職者にしておくのがもったいないくらい。彼は8年前から前教皇の侍従(カメルレンゴ)でして、信心深いお方です」
大司教や教皇になる人間は往々にして年寄りばかりである。
聖職の道に入る者は、幼い頃から修道士として長い間俗世を離れる者か、あるいは俗世に長い間浸ったことでこの世の毒や不条理を知り、神に救済を求める者が多いからである。前者は神の教えを学ぶために長い時間をかけて司教や大司教にのぼり、後者は家柄や功績によって地位を得る。
「カメルレンゴからいきなり教皇になれるのですか?」
アヴィレスは膝に腕を置いて、指先を落ち着きなく動かしながら問うた。
「何百年か前に前例がある位ですが、前教皇の遺言がある限りはなれます。現に彼はその遺言で教皇になりました。だからこそ、教皇を厄介だと見なす派閥もあるのです」
「……神聖な場所でも、人間の醜い感情は健在なのですね」
だからその反教皇派かもしれない騎士を退室させたのか、とアヴィレスは頷きながら納得した。メーヴェは話を続ける。彼の眉間の皺は相変わらず深く、顔つきは真剣そのものだった。
「前教皇が亡くなった際、私が書斎の片づけをしていました。そして彼を教皇にする旨が書かれた遺言状を見つけたのです」
メーヴェは聖衣の袖から、一巻きの手紙を取り出した。それを迷いなくすっとアヴィレスに差し出した。アヴィレスは訝し気にそれを受け取る。
教皇の象徴である<交差する双つの鍵>のマークが蝋に押されてあり、未開封のものであった。
ちらりとメーヴェに目配せして、アヴィレスはその手紙の封を切った。
ニコレウス3世が直々に遺言状を書くということが信じられず、同時に不気味だった。
周囲を警戒するように小さく重々しい口調で、メーヴェは口を開いた。
アヴィレスは怪訝そうに眉を顰めた。幼い頃からの兄貴分であったニコレウス3世ならともかく、彼の跡を継いで即位したという現在の教皇については会ったことはなく、噂程度の認識しかなかった。
「つい3ヵ月前、フェリクス6世として即位なさいました。ご存知ですね?」
「…えぇ……、歴代の教皇とは違って非常に若いとか」
「そう、若く美しい青年です。聖職者にしておくのがもったいないくらい。彼は8年前から前教皇の侍従(カメルレンゴ)でして、信心深いお方です」
大司教や教皇になる人間は往々にして年寄りばかりである。
聖職の道に入る者は、幼い頃から修道士として長い間俗世を離れる者か、あるいは俗世に長い間浸ったことでこの世の毒や不条理を知り、神に救済を求める者が多いからである。前者は神の教えを学ぶために長い時間をかけて司教や大司教にのぼり、後者は家柄や功績によって地位を得る。
「カメルレンゴからいきなり教皇になれるのですか?」
アヴィレスは膝に腕を置いて、指先を落ち着きなく動かしながら問うた。
「何百年か前に前例がある位ですが、前教皇の遺言がある限りはなれます。現に彼はその遺言で教皇になりました。だからこそ、教皇を厄介だと見なす派閥もあるのです」
「……神聖な場所でも、人間の醜い感情は健在なのですね」
だからその反教皇派かもしれない騎士を退室させたのか、とアヴィレスは頷きながら納得した。メーヴェは話を続ける。彼の眉間の皺は相変わらず深く、顔つきは真剣そのものだった。
「前教皇が亡くなった際、私が書斎の片づけをしていました。そして彼を教皇にする旨が書かれた遺言状を見つけたのです」
メーヴェは聖衣の袖から、一巻きの手紙を取り出した。それを迷いなくすっとアヴィレスに差し出した。アヴィレスは訝し気にそれを受け取る。
教皇の象徴である<交差する双つの鍵>のマークが蝋に押されてあり、未開封のものであった。
ちらりとメーヴェに目配せして、アヴィレスはその手紙の封を切った。
ニコレウス3世が直々に遺言状を書くということが信じられず、同時に不気味だった。