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身代わりの夜
第9章 盗み聞きオフィス
「ああん……恥ずかしいわ」

 艶かしい女の声が、デスクの下で膝をかかえた啓太の耳に届く。

 携帯を握りしめた手は、汗でべったりと濡れていた。

 たった今、梨華に今日のデートをキャンセルするメールを送ったところだ。
 指が震えて、短い文章を打つのもやっとだった。

 思いがけない状況に、とっくに約束の時間を過ぎていたことに気づかなかったのである。

 マーケッティング部のあるフロアは、昼間は課員たちの活気でうるさいくらいだ。
 けれど、週末の夜九時ともなると人気もなくなり、静寂さばかりが際立つ。

 がらんとしたスペースに、男の声がやけに大きく響いた。

「心配しないで。
 このビルにはもう、ぼくたちしかいないはずですよ。
 ふふっ、いつも仕事をしている場所でこんなこと。
 貴野課長だって昂奮するでしょう」

「もう、山野辺くんったら……
 うぅんっ、だめよ、そんなところに触っちゃ」

 やさしく叱るような口調は、咎めているというより、男を誘っているみたいだ。

「あふっ、激し……あああっ……くぅうううっ」

 押し殺した牝声が、女の悦びを伝えてくる。

 啓太が身を潜めた机の向かいの席で、亜沙子と山野辺が仲睦まじく抱き合っていた。
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