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身代わりの夜
第9章 盗み聞きオフィス
(亜沙子さん、あんな声出して)

 敬愛する上司の洩らす甘い鼻声に、耳を塞ぎたくなる。
 それなのに、逆に全神経を集中して聞き入ってしまう我が身が情けなかった。

 啓太が隠れた場所からは、床のタイルカーペットしか見えない。
 それがかえって、卑猥な想像を煽る。

 いくら振り払おうとしても、頭の中の亜沙子は、キャリアレディにあるまじき痴態をさらしていく一方であった。

 ひろびろとしたオフィスで、照明が点いているのはこの区画だけ。
 他部署のデスクが島になって広がる空間は、薄暗い闇に包まれている。

 ブラインドの隙間より差し込む街の灯りが、スチール製書類棚に反射して、壁に貼られた今期の売上実績をぼんやりと浮かび上がらせている前で、男女の戯れがエスカレートする映像。

 妄想ではない証拠に、艶めかしい声が耳朶を打つ。
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