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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
車が揺れ、手中にあるカップケーキのラッピング袋がかさりと音を立てたとき、視界の端で藤田の手がステアリングを握りなおすのが見えた。
「電話……やはりご主人でしたか」
低い声が漂う。
潤は、「いいえ」と小さく呟いた。
「女将です」
沈黙が流れる。しかしその沈黙の中には数えきれないほど多くの言葉と感情が飛び交う。なにかを伝えようとしてくる無言に耐えられず、潤は自ら口をひらいた。
「私、追い出されてしまうのでしょうか……」
弱音を吐いて安心してしまったのか、湧き上がってきた涙が視界を覆う。こぼれ落ちないように、目をひらいてまばたきを我慢する。
「僕のせいです」
粛々と、低音が落とされた。なにかを背負おうとしているようなその声に、潤は俯き首を横に振った。ぽたぽた、と涙が落ちた。