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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨
陸と呼ばれる硯の平面部分に、水滴上部の空気穴を指で押さえながら醤油差しの要領で水をほんの数滴落とす。そこに、固形墨を硯に対して斜めに接するように当て、円を描きながら優しく磨っていく。
墨の磨り方には、硯に対して垂直に接地させる方法、N字を描くように磨る方法、様々あるらしいが、やりやすいほうを選べばよいという。
一つひとつの名称を教えながら丁寧に指導する藤田の声に頷き、潤は左手で硯をそっと支えつつ右手を静かに動かした。す、す、と硯と墨が擦れるかすかな磨り音が心を静めていく。
近くで聞こえた低い咳払いが、妙に色っぽく耳に届く。肌がじんわりと熱を帯びてくるのがわかる。墨を持つ手がかすかに震えはじめたが必死に抑える。藤田の存在を意識していることを本人に悟られないように、潤はできる限り心を無にして磨りつづけた。
水と墨が徐々に混ざり合い、ある程度濃度が出るまで根気強く磨っていくと、墨の香りがふっと立つ瞬間があるという。そうしたら、水を足してまた磨る。これを何度も繰り返すと、海と呼ばれる硯上部のくぼみに墨液が流れて溜まっていく。