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滲む墨痕
第4章 一日千秋
思うがままに欲を吐き出して今さらなにを言えばよいのかわからなくなったのか、それともはじめからなにも言う気がないのか、無言でズボンを上げた誠二郎はその手で潤の腕を取り、手首のネクタイをほどいた。目も合わせずに。
夫がなにを考えているのか、もうわからない。いや、今まで夫の思考を理解したことなどなかったのかもしれない。潤はそう思いながら、頼りない腕で畳を押し、白黒の紙片が貼りついた上体を起こした。
そのとき、そばに放られているジーンズの下から鈍い振動音が聞こえてきた。とっさに藤田の顔が頭に浮かび、潤は手を伸ばす。しかし、ジーンズを掴み上げて携帯電話を手にしたのは誠二郎だった。
あっ、と潤が声をあげるより早く、誠二郎が発信者を確認する。画面を見つめるその表情が一瞬怯んだように見えた。彼は、電話に出ようとも切ろうともせずに静止している。
長い着信。嫌な沈黙を裂くように、それは唸りつづける。
「……誰」
思わず呟いた潤に誠二郎が威嚇するような視線を返した瞬間、玄関の引き戸が開けられる音がした。