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滲む墨痕
第4章 一日千秋
裏口から母屋に入ると、先を行く女将が風呂場に向かった。潤は羽織の前を押さえて寒さに耐えながら、おそるおそるあとを追う。音がした浴室を覗くと、立派な檜風呂に湯が貯められはじめていた。そこに腰をかがめていた女将は、背後に立つ潤の気配に気づいたようにふと姿勢を正し、振り返った。
「湯加減は好きになさい」
目を合わせずに一言残し立ち去ろうとする彼女に、潤は「申し訳ありません」と弱々しく口にして頭を下げた。女将の表情を想像すると、今すぐに消えてしまいたくなる。
ぼとぼとと湯船が音を立てる中、感情を抑えた声が降る。
「これでもまだ誠二郎のそばにいられるというの」
「…………」
「答えられないのなら、もうやめなさい。この場所で夫に尽くすことができなければ、あなたの居場所はない」
その厳しい口調が示すのは、単なるいびりの類いではない。女将自身の経験をもとにした痛切な思い。それを感じ取った瞬間、潤は反射的に顔を上げた。