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滲む墨痕
第4章 一日千秋
背中に貼りついたその小さなぬくもりが一瞬にして十六年前の夏を甦らせ、身体の芯の埋み火が息を吹き返し、寒さを吹き飛ばす。
優秀な兄が勉強部屋として使っていたこの場所は、誠二郎が中学二年の頃に兄が大学進学を機に出ていってから誠二郎のものになった。そして高校二年の夏休み、当時二十三歳だった美代子と出会い、それ以来特別な場所となった。
美代子のことは一目で気に入った。旅館の仕事になど興味がない誠二郎だったが、彼女見たさにこっそりと侵入し、廊下の陰からその姿を観察した。
慣れないはずの着物でもしなやかに動き、周りをよく見て気配りのできる優秀な新人。その身体から滲み出る妖艶さと、不意に見え隠れする愁いを直感的に感じ取ったとき、腹の底でなにかが暴発した。
誠二郎は、美代子から勉強を教わりたいと父に打ち明けた。長男と違って物静かな次男の頼みということもあり、父は小首を傾げながらも美代子に話をつけてくれた。彼女は快諾した。