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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨
音を立てないように、そっと、近くに膝を落とす。藤田は静かな呼吸を繰り返している。よくもこんなふうに座ったまま寝られるものだ。
こうして無防備な表情を見ると、精悍な顔立ちの中に優しさが隠れているのがわかる。はじめはこの無精髭のせいで無骨な印象をもったが、髭を剃ればそうでもなさそうだ。
不意に、そのまぶたがぴくりと動いて薄くひらいた。潤がとっさに視線をそらすよりも先に、まだ焦点の定まらない瞳で潤を捉えた藤田は、目を丸くする。
「あ……僕、寝ていましたか」
「は、はい。たった今起こそうと思って……」
潤は小さな嘘をついた。ひそかに顔を眺めていたなどと知られれば、気味悪がられてしまう。
そんな秘密を知る由もない藤田は、頭を下げて「すみません」と呟いた。
「今日は野島さんに迷惑をかけてばかりだ」
「いいえ。きっとお疲れなのでしょう」
「申し訳ない」
「先生は謝ってばかりですね」
苦笑を返した藤田が腰を上げようとしたので、潤は先に立ち上がり机に戻った。あとをついてきた藤田は完成した『初志貫徹』を見下ろし、黙り込む。