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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
最前列の一番障子側の席に、その小さな横顔はあった。すべての準備を済ませた綾華がぽつんと正座して待っている。彼女いわく“端っこ”は安心するらしい。
「ちょっと待ってね。すぐに暖かくなるから」
昭俊は、じっとしている綾華に声をかけながら急いで部屋の隅に向かい、壁際に置かれた石油ファンヒーターのスイッチを入れた。
振り向いた綾華が、「あの」と呟く。
「墨を磨ってもいいですか」
「ん? ああ、うん、いいよ」
その心情を汲み取って快諾すれば、わずかに安心したような表情が返された。
「汲み置きの水を持ってくるよ」
すると綾華が「いいです」と答えた。
「私が勝手にしたいだけだから、自分でやります」
そう言うと、書道セットに入っているポリ水差しを手に立ち上がる。
障子を開けて縁側に出た綾華は、外に続くガラス戸を開けると沓(くつ)脱ぎ石の上に置いてあるつっかけを履き、庭に出た。ちょうど玄関の横に位置するそこには、生徒たちが筆や硯を洗うための流し台がある。水道水を直接水差しに入れるつもりなのだろう。