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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
「せん、せ……」
あまりの驚きと放心で言葉が出てこない潤に、藤田はなにも言わずに微苦笑を向け、頭の後ろをぽりぽりと掻く。寝起きのように乱れていた髪はしっかりと整えられ、“先生”と呼ぶにふさわしい姿である。
「遅いじゃないかあ、藤田君」
赤らんだ狸顔をしかめる男性に絡まれ、藤田は困ったように笑い、その長身を屈めた。
「すみません。でもちょっと顔を出しにきただけですから。役員の皆さんに挨拶してきますね」
そう言い残した彼は、眼鏡の女性やほかの会員たちとも笑顔で挨拶を交わしながら上座のほうへ歩いていく。
「おお、書道会の若手スターが来ましたよ!」
どこからともなく聞こえたその一声で、会場にいる客全員の視線が藤田に注がれた。どよめきと拍手がわき起こると、彼はさらに腰を低くしてそれに応える。スターにしては謙虚である。