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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
「あっ、あの、誠二郎さん。待ってください。なにを……」
言い終わる前に誠二郎が振り向いた。静かな迫力に圧されて狼狽する潤の腕をわずかに強く引くと、彼は薄い唇をひらいた。
「君を書道連盟の皆様に紹介するんだよ。野島屋の若女将として」
「……っ、でも、私はまだ」
「うん、まだ仲居だ。でもすぐに変わる」
硬い表情で見下ろしてくる誠二郎から目をそらし、潤は足早に動き回る従業員に目をやった。
「仕事に戻らないと、ほかの仲居さんたちに迷惑をかけてしまうから」
すると誠二郎が鼻で笑い、おかしそうに眉を下げた。
「まだわからないのか。大丈夫だよ。君はこちらでも戦力に数えられていない」
「……っ」
「そんな顔をしないでくれ。君が増える前から人数は足りていたんだから、君がいなくても彼女たちの仕事が成立するのは当然だろう」