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官能書道/筆づかい
第1章 蔵鋒

 書作する時はいつも、涼子は胸元まである長い髪を、ゆるく後ろで束ねる。
 今も背の髪が夕日に黒く輝いて、白シャツに艶やかに映えていた。

 白い紙の上に優美に筆が舞い、黒々とした文字が書かれてゆく。
 紙に降ろした筆をすぐに返し、穂先の形を隠すようにすすめる。
 蔵鋒《ぞうほう》という筆法である。

 穂先の形状を筆画に出す露鋒《ろほう》は、筆はこびの勢いや美しさが外側にあらわれる。
 素直で軽やかな筆使いといえた。

 対して蔵鋒は穂先を出さずに筆をすすめる。
 熱情も気概も表に出さず、静かに内に閉じ込める。
 表面はあくまで落ち着いているが、底に強さを持った筆法だ。

 蔵鋒の筆の動きは、起筆や折れのたびに複雑優雅に返される。
 柔らかな穂先がたわみ、くねるさまは、舞い乱れる女体を思わせて官能的だった。

(いつ見ても、美しい)

 鹿島玄風《げんぷう》は涼子の容姿と筆はこびの両方に、感嘆の溜息をついた。

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