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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
「お前は馬鹿じゃない。ひとの気持ちが分かる賢くて優しい女だ」
美鈴の首すじが朱に染まる。

目の前の遊歩道を親子連れが歩く。
見舞いに来たのだろうか…手にした雛菊の白さが目に残る。
…穏やかな春の陽だまりの中、美鈴と二人…。
こんな時間が持てるなんて、思っても見なかった。

「…仕事を始めようと思っているんだ」
ぽつりと話し始めた鬼塚に、美鈴が驚いたように目を見張った。
郁未の孤児院と学校設立の計画を掻い摘んで話す。
先日、また郁未が見舞いに来てくれ、鬼塚は正式に郁未の申し出を受けたのだ。

「ありがとう!鬼塚くん!君と一緒に仕事が出来るなんて…。僕は…僕はすごく嬉しいよ…!」
…そう言って郁未はまたおいおいと泣き出した…。


「…俺がどれくらい力になれるか分からないが、俺のような境遇の子どもを救い出す手伝いが少しでも出来たらいいと思っている」
美鈴は目を輝かせ、頷いた。
「あんたならできるよ。…すごいねえ…。
徹さん、孤児院と学校を作るん?校長先生になるん?」
鬼塚は苦笑する。
「校長は郁未だ。俺は人集めや金策や孤児院や学校の監督かな…。暫くは人手が足りないから俺と郁未も教壇に立つが…。
…この片目が睨みを利かせば、大抵の奴はうんと言うだろうな」
美鈴が可笑しそうに笑い転げた。
「強そうな先生やね…。
…すごいねえ…。あんた、偉いひとになるんやね…」

少し寂しげに呟く美鈴に、鬼塚は改めて見つめる。
「…美鈴、今まで本当に世話になったな。
俺みたいなろくでなしを…よく愛想も尽かせずに…。
ありがとう…」
「そんなん!…うちはあんたが好きやから…楽しかったんよ…」

俯く美鈴に静かに告げる。
「退院したら、お前の家を出て行く。
郁未の家の離れが空いているそうで、そこに住むことに決めた」
膝に揃えた美鈴の白い手が、ぎゅっと握りしめられた。
「…そうなん…。そうやね…。学校の先生になるひとが芸者のとこにはいられんよね…」

美鈴はわざと元気に立ち上がり、鬼塚に背を向けた。
「身体、気ぃつけて元気でね。…もう危ないことしたらあかんよ…」
…ほいじゃあね…と、行こうとする背中に言葉を掛ける。

「郁未の家は洗足だ。浅草とそう遠くない。…遊びに来てくれ。
…それから…俺もまた…行ってもいいか…?
…お前の家に…」

行きかけた草履の足が止まり、恐る恐る美鈴が振り返る。


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