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いつかの春に君と
第4章 君が桜のとき
「…美鈴…!」
中庭でぼんやりと葉桜になった桜の樹を見上げている美鈴に声をかけると、華奢な後ろ姿がびくりと大きく震えた。
…恐る恐る振り返るその目尻には、あの涙ぼくろが浮かんでいた。
ぎこちなく笑いながら、目を潤ませる。
「…あんた…。もう、歩けるようになったんやね…良かった…」
地味な藍色の銘仙の着物に、緩く髪を結い上げた美鈴は、抜けるように色白なこともあり、頼りなげに見えた。
髪には以前、鬼塚が贈った鼈甲の簪が挿してあった…。

「…ああ…。もう大分いい。
来週末には退院できそうだ」
近づきながら答えると、嬉しそうに笑い…すぐに切なげに目を伏せた。
「…良かった…」
「…菫の花は、お前が…?」
「…ごめんね…。うちなんか来ちゃあかんの、分かってたんやけど…あんたの貌、ちょっとでも見たくて…」
潤んだ瞳からは今にも涙が溢れ落ちそうだ。
「…いけない訳はない。
妹は…俺とようやく再会出来て、俺が心配の余り少しお前に厳しく当たってしまったようだ。
済まなかった…」
美鈴は慌てて首を振った。
「ええんよ、そんな!妹さんがそう思うのん、当たり前やわ。
ずっと会えんでようやく会えたんやもんね…。良かったね…。
…すごく綺麗な妹さんやね…。びっくりしたわ…。
旦那さんはここに勤めるお医者様で医学博士様やて?
妹さん…綺麗で上品で、ほんまに上流階級の奥様…て感じで…。
…うちとは別世界のひとやね…」
寂しげに肩を竦めた。

「…座らないか?」
桜の樹の下にある木製のベンチを勧める。
「うん…!」
美鈴は嬉しそうに頷いた。
「…色々と心配かけたな…」
声をかけると、必死で頭を振った。
「そんなん…!…ほんまに、無事で良かったわ…。
妹さんの旦那さんとあの場所に駆けつけて、あんたが血塗れで倒れているのを見たとき…うち、あんたが死んでしまうとおもて、頭の中が真っ白になってしもたんよ。
…あんたを助けてください…助けてくれるんなら、うちは死んでもええです…て神さま仏さまキリストさま…あらゆる神さまにお願いしたんよ。
…うちは阿呆やから、そんくらいしかできんかったよ…」
恥ずかしそうに笑う美鈴に、心臓がきゅっと掴まれたような愛おしさが走る。

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