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いつかの春に君と
第1章 桜のもとにて君と別れ
鬼塚は息を呑んだ。
…俺の記憶がない…。
小春は、俺のことを忘れてしまったのか…。

押し黙る鬼塚に、職員は慰めるように声を掛けた。
「…孤児院の記憶が失くなったから、仕方ないかもしれないね。…いつか思い出すかも知れないし…」

「…俺が会いに行ったら小春は混乱しますよね…。
俺は洪水で死んだと思っているんだから…。
…それに…金持ちのお嬢さんになったら俺なんかが会いに行ったら小春に迷惑がかかる。…手紙も…救護院から手紙が届いたら…小春を引き取ってくれた人たちが変に思う…」
独り言のように呟く鬼塚に、職員は慰めるように声を掛けた。
「…いつか、会いに行けるかも知れないよ。
それまで妹さんの近況は出来るだけ知らせるようにするから…」

…そうして、鬼塚は小春に会いにゆくこと…手紙を書くこと…そのほか小春に関すること全てを諦めた。
けれど、それで小春が身体と心に負った辛い傷痕が癒えるなら、鬼塚は構わなかった。

…俺は神様なんか信じはしないけれども、小春の記憶を失くしたことが神様の仕業なら、俺は神様に初めて感謝する。
あんな…悪夢のような記憶を失くしてくれたことを…心から感謝する。
…それに比べたら、俺の記憶を失くしたことくらい…どうということはない。


…いつか、会える…。
俺がここを出て…大人になって…立派になれば、きっと会いに行ける…。

鬼塚は、小春が残していった桃色のリボンをそっと握りしめながら、心の中で繰り返した。

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