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いつかの春に君と
第2章 花の名残に君を想う
…やがて季節は巡り、鬼塚は士官学校の卒業の日を迎えた。

卒業式の朝、郁未は二人きりの教室で、べそべそ泣いた。
「…も、もう…鬼塚くんに会えないんだよね…」

郁未は卒業後、近衛師団への入隊が決まっている。
「鬼塚くんと同じ、憲兵隊に入る!入りたい!」
そう言い張る郁未を鬼塚は説き伏せた。
「お前みたいに虚弱な奴は憲兵隊は無理だ。
…近衛師団がいいんじゃないか?お前の家は公家だし、陛下とは縁続きだ。陛下をお守りする近衛隊に入れば上官から無下には扱われないだろう。
お前は乗馬だけは得意だしな。
…それに、近衛隊なら無闇矢鱈に危険な目には合わない筈だ」
郁未は渋々、憲兵隊を諦めた。
郁未の母からも、
「絶対に危険なところは選ばないでね。そうでないと、お母様は死んでしまうわ!」
そう泣き落としされていたのだ。

郁未は鬼塚から差し出された手巾で涙を拭いた。
「…鬼塚くん、僕のことを忘れないでよ…」
鬼塚は笑った。
「お前みたいな泣き虫、そう簡単には忘れられないよ」
「…鬼塚くん。…今まで僕に優しくしてくれてありがとう。いつも庇ってくれて、ありがとう。
君がいなかったら僕はきっと今日の日を迎えられなかった。…僕は…君が…大好きだった」
そう言って再び郁未は泣き出した。
「泣くな。男だろう」
「だ、だって…」
「手紙くらいは書いてやる」
「や、約束だよ?」
洟を啜りながら鬼塚を見上げる郁未を見て、鬼塚は表情を和らげた。
「…俺の方こそ、ありがとう。
お前は、俺にとって初めて出来た友達だ。お前と過ごせて楽しかった」
…初めての学校、初めての友達…。
ごく普通の少年の日々を初めて過ごせた…。
郁未の無垢な屈託のなさは、鬼塚に初めての安らぎを与えてくれたのだ。

郁未が少女のように愛らしい貌に涙を浮かべながら、意を決したように鬼塚を見上げた。
今まで見たことがない必死の形相の郁未がいた。
「お、鬼塚くん…ぼ、僕…き、君がす、好きだった…。ずっと…ずっと好きだった…!
だ、だから…あの…キ、キ、キ、キス…キスしてくださいッ!」
「へ?」
鳩が豆鉄砲を食ったような貌をする鬼塚に、郁未はぎゅっと目を閉じて、やけくそのように叫んだ。
「…もう二度とこんなこと言わないから!鬼塚くんは…き、気持ち悪いかも知れないけど…ぼ、僕の一生の想い出にするから…い、一度だけ…一度だけキスして…!」



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