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女鑑~おんなかがみ~
第14章 被虐
「昨日はありがとうございました」
延べられた床の前でそう言って三つ指をついた葵を,若槻は少し意地悪い目で見ながら
「それは何に対する礼だい」と尋ねる。

「……その,私を・・・・・・」
「それなら俺のほうが,こんなお嬢さんの初物をいただけて幸運だ。君は辛かっただろう」
「いえ,それより…。」
「なんだ」
「私をいやらしい女だと,男にいじめられて喜ぶような淫らな女だと教えてくださって…」
「怒らないのか」
「自分のこれまでのことをいろいろ思い出すと,若槻さんがおっしゃったとおりだと思うことが多くて…。だから,教えてくださって感謝しています」
「あまり真に受けるな。そんなことではますます不幸になるほうを選んでしまうぞ」
「…そういえば,千鳥さんにもそういわれました」
若槻は思わず噴き出したが,すぐに厳しい顔になった。
「今のはだめだ。正直すぎる。客の前でそんなことを口にしてはいけない。気をつけなさい。」
「はい」
葵ははっとした。確かに,娼妓同士での会話,ましてや客の悪口にあたるようなことを客に聞かせるべきではなかった。
「申し訳ありません」

「ところで,君はこれからどうしたい」
唐突に尋ねられて葵は戸惑った。そういえば自分がどうしたいのかということをこれまで考えたことがなかったのだ。どうしたら褒められるかということしか考えたことがなかった。

「もし,あの材木問屋が安泰で,こんなところに来なくて済んでいたら,どうしたかったのだ」
「……それは,嫁入りを……」
「化け物か怪物のところにか」
「……」
「すまぬ,それはさすがに冗談だが,嫁入りをして,子供を産み,母になりたいと思っていたのか」
「え,……」
葵ははっとした。
父の決めたところにどこにでも嫁ぐ,と幼いころから口にしていたが,その先を考えたことがなかったのだ。ただ,家の犠牲となるのだというよくわからない使命感だけで,そのようなことを思っていたのかもしれない。
「やはりな。思った通りだ。」
「……」
「君のお父上には,なんどか縁談を世話しろとせっつかれていた。
紹介できる口がないわけではなかったが,正直なところ,気が進まなかった。
哀れな生贄になるつもりで嫁いで来られては,相手の男も子供も不幸になる」
「……ごめんなさい」
「いや,君が謝ることではない。君はやはり,そういう女なのだろう」
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