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女鑑~おんなかがみ~
第14章 被虐
久子は驚きもせず淡々と答える。
「マゾヒズムというのは,確か,いじめられたり痛めつけられたりしたら歓ぶというやつだね。それなら,この国の女は多かれ少なかれ,そのマゾヒズムじゃないか。」
「さすが姉上,そのようなこともご存じとは。」と輝虎。

「つまらないことを褒めるんじゃないよ。検閲が緩くなるたびに変態性欲の本が出回って,また厳しくなるとあれも発禁,これも発禁って。そういう本は大体,こんな内容だろ。
けれど,難しい横文字を使わなくったって,お前も含めて大概の男は,女をいじめたり痛めつけたりして喜ぶようなサディストだっけ,確かそんな言葉だったよね。
そうなんだから,女郎がマゾヒズムだというのは好都合じゃないか。何に気を付ければいいんだい」
「……」
目の前で弟が拳を震わせていることに,久子は驚いた。
「……そんなことも,わからないのか。姉上は,よくもそれで,女将を務められるものよ,無責任に…」
久子は,弟がこのように感情を露わにして激怒するのを初めて見た。といっても十歳のころから四十を過ぎるまで会っていないので不思議はないが。

「だから,ああいう女は,気をつけないと。
客に指を切れと言われたら切る,彫り物を入れろと言われたら入れる,客の汚いものを食わされたり,歯を抜かれたり,首を絞められたり,自分を虐める男に惚れて,言いなりになって,取り返しがつかない身体になってしまう。下手したら心中に付き合わされて殺されてしまう。
だから,そうならないように気をつけろと言うんだ。」

「…そういうことなら,何もお前に言われなくても…私だって長年…‥」

「いや駄目だ。あいつは特にそうだ。本当に辛抱強くて,健気で,気が強くて,そしてちょっと褒められたら無邪気に喜ぶんだ。
あんなことでは,悪い男にちょっと褒められてそのまま殺されてしまうかもしれないではないか,だから・・・・」

「わかったよ。気をつけるからさ。

・・・お前,本当に惚れたんだね。」
久子はため息をついた。
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