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女鑑~おんなかがみ~
第15章 幻滅
「妻がこの世を去ってから,二十年になります。
当然ながら,妻のことを人に聞かれると、亡くしたのだと答えています。
しかし、その前に、妻であった女性は、私の許を去りました。」

孝秀は聞かせてくれともなんとも言わなかったが、佐伯はゆっくりと語りはじめた。
「私は十九歳で師範学校をでて、下町の尋常小学校の訓導として教壇に立ち,四年生を担当しました。
当時はまだ,義務教育が四年でしたから,最高学年です。
すでに学校をやめて奉公に行った生徒もいましたし,家業を手伝うために休みがちな生徒もいました。

その受け持ちの組のなかで,最初に目についたのが百合子という少女でした。校長の甥の娘である彼女は,下町の学校ではかなり裕福な部類でした。
ただ,生まれた時から病弱で、医者にも二十歳までは生きられないだろうと言われていたらしく,甘やかされたわがままな娘でした。
国語はかなりできたのですが,算術の時間になると,頭が痛いからと言って医務室で休んでしまう,病弱であるのは事実なのでとがめることはできない,という具合です。
頻繁に熱を出して学校を休むことが多く,それ以外にも雨風が心配だと言っては欠席,熱いと日射病になると言って欠席,寒いと風邪をひくからと言って欠席・・・。
身体も年齢に比して小さく,私も最初,二つほど下の学年から紛れ込んだのではないかと思うほどでした。
そんな具合でしたので,友人もほとんどおらず,教室で黙って本を読んでいるばかりでした。
まあ,初めて教壇に立った私にとっては頭痛の種でした。

そして,この級には,もう一人頭痛の種である問題児がいました。
五助と言って,彼は隣町で私娼をしている女性が生んだ私生児で,祖母のところに預けられていたのですが,この祖母も若い時分は客を取っていたらしく,彼の姉二人もすでに客を取っている・・という地獄のような環境にいました。
彼は,非常に早熟であり,また教師などハナからバカにしているところがあり,授業中にも卑猥な歌詞の替え歌を大声で歌ったり,黒板に猥褻な落書きをしたり,女教師には卑猥な冗談を言ったりと,手が付けられませんでした。」
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