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女鑑~おんなかがみ~
第15章 幻滅
その後,五助のいなくなった教室で何事もなかったように学校の日常が続きました。
驚いたことに,百合子は翌日からも普通に登校してきました。あのような目にあわされた心の傷はいかばかりかと案じていた私が,まるで肩透かしを食らったように思いました。気のせいかもしれませんが百合子は,年度のはじめよりも自信をつけたように見えたのです。
尋常科は四年で卒業です。高等科に進む者,奉公に行く者,家業を手伝う者など進路が分かれていきます。
百合子は,私立の裁縫女学校に行きました。裁縫や茶華道,料理などを教える花嫁学校です。高等女学校などに進む女子が増えたのは大正のなかば,ちょうど欧州で大戦があったころからです。明治のこのころは,すぐに働く必要のない娘はみな,無認可の裁縫女学校で花嫁修業をするものと相場が決まっていたものです。
私は,いずれにせよ彼女が無事卒業し,進学を果たしたことにほっとしました。
その後,私はまた次の学年を受け持ち,五年後には別のもう少し山の手にある学校に異動し,さらに五年が過ぎ,三十近くになりました。その間,最初の学校のときの校長は,私に何度か縁談を持ってきてくれましたが,私はずっと有耶無耶に断り続けました。
それは,私もまた幼いころに熱病を患った後遺症により,父親となることが望めないと医師に言われていたからです。
子どもを授かることを望んでいる女性と結婚することはできないと考えていました。
さらに,その熱病の後遺症なのか,あるいは単に私の性質なのかわかりませんが,幸か不幸か,女性に対して性的な衝動を持つということがほとんどありませんでした。
私は,小学校の教壇に立ち続けながら,従来から好きだった絵を独学で,また休暇の折には美術学校の聴講生になったりして学び,借家の小さな庭で草花を育て,孤独ではありましたが,そこそこは幸せに暮らしていました。
そんなとき,すでに退職していた当時の校長が再び縁談を持ってきてくれました。このまま,あいまいな返事で断り続けると,これからもさらに校長の手を煩わせることになりますので,私は,自分が子供を望むことのできない身体であることを正直に説明しました。すると校長は,しばらく考えたのち,「そういう事情なら,人から頼まれたこの話は断るということにして,私の兄の孫娘をもらってはくれないか」と言い出したのです。
驚いたことに,百合子は翌日からも普通に登校してきました。あのような目にあわされた心の傷はいかばかりかと案じていた私が,まるで肩透かしを食らったように思いました。気のせいかもしれませんが百合子は,年度のはじめよりも自信をつけたように見えたのです。
尋常科は四年で卒業です。高等科に進む者,奉公に行く者,家業を手伝う者など進路が分かれていきます。
百合子は,私立の裁縫女学校に行きました。裁縫や茶華道,料理などを教える花嫁学校です。高等女学校などに進む女子が増えたのは大正のなかば,ちょうど欧州で大戦があったころからです。明治のこのころは,すぐに働く必要のない娘はみな,無認可の裁縫女学校で花嫁修業をするものと相場が決まっていたものです。
私は,いずれにせよ彼女が無事卒業し,進学を果たしたことにほっとしました。
その後,私はまた次の学年を受け持ち,五年後には別のもう少し山の手にある学校に異動し,さらに五年が過ぎ,三十近くになりました。その間,最初の学校のときの校長は,私に何度か縁談を持ってきてくれましたが,私はずっと有耶無耶に断り続けました。
それは,私もまた幼いころに熱病を患った後遺症により,父親となることが望めないと医師に言われていたからです。
子どもを授かることを望んでいる女性と結婚することはできないと考えていました。
さらに,その熱病の後遺症なのか,あるいは単に私の性質なのかわかりませんが,幸か不幸か,女性に対して性的な衝動を持つということがほとんどありませんでした。
私は,小学校の教壇に立ち続けながら,従来から好きだった絵を独学で,また休暇の折には美術学校の聴講生になったりして学び,借家の小さな庭で草花を育て,孤独ではありましたが,そこそこは幸せに暮らしていました。
そんなとき,すでに退職していた当時の校長が再び縁談を持ってきてくれました。このまま,あいまいな返事で断り続けると,これからもさらに校長の手を煩わせることになりますので,私は,自分が子供を望むことのできない身体であることを正直に説明しました。すると校長は,しばらく考えたのち,「そういう事情なら,人から頼まれたこの話は断るということにして,私の兄の孫娘をもらってはくれないか」と言い出したのです。