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女鑑~おんなかがみ~
第16章 献身
娼婦がやり取りをする手紙はすべて,いったんは女将の手元に預けられる。女将は,そのうちのいくつかを内緒で開封して中身を読む。客と駆け落ちの相談などされたら困る女将としては,当然のことである。

分らぬように開封して元通りにすることなど女将にとってはそれほど難しいことではなかった。封の糊を溶かして開き,皺にならぬように乾かして元通りに閉じるのだ。

若槻が送ってくるのは多くの場合,書物である。添えられている手紙には「英国の友人がたくさん本をくれたので一冊差し上げます」などと書かれてあり,薄い洋書が入っている。女将は英語などは全く読めないのでお手上げである。

他方,葵が若槻に送る手紙はいつも美しい和紙で,そこに時候の挨拶に始まり,「先日は,貴重な御本をお送りいただきありがとうございました。」と続く。そして本の感想らしきことが二,三行書かれている。
そして,ご丁寧に小さな千代紙で作った折り紙や切り絵を糊で貼り付けてある。季節の花の折り紙が丁寧に作られていて器用さに驚いたものだ。

女将は何度か,弟である若槻に直接手紙を出した。
手紙ばかりでなく一度来てやってほしいとか,私の読めない洋書を葵宛に送ってくるのは何かのたくらみではあるまいか,とかいろいろ尋ねたのであるが,姉上は心配せずともよいという淡々とした返事しか返ってこない。

心配をすることはないのだろうかと思う。葵は,心配になるほど素直で,よく働く。
若槻こと「タイガの紹介」の客が来たときにはそちらを優先して相手をするが,そのような客がいないときには,どんな客でも分け隔てなく丁寧に相手をしている。
特にほかの娼妓たちが渋るような客の相手を進んでしているのでみんなに感謝されているのだ。

***********
そんなある日,雑用を引き受けているタケが女将のところに来た。
「この人,前に葵ちゃんのところに来ていたお客ですよ。ずっと仮面で顔を隠して・・・」
タケは古新聞を手にしていた。
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