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女鑑~おんなかがみ~
第16章 献身
「女将さん。この手紙を若槻さんにお願いします。それからこちらは・・・」
葵は数通の封書を女将に手渡した。独り身の若槻宛のものは女性らしい美しい封筒,妻帯者あてのものは目立たぬような事務用封筒というように使い分けている。
宛名書きの文字もそのまま手本にしたいほど美しい字だ。
「お前さんは本当に達筆で筆まめだね。まあ,世話になっているお客に日ごろから手紙であいさつするのはよいことだよ。そういえば,若槻さんなんて,お前の水揚げをしたあとは,そのままどっかへ行ってしまって,一度も訪ねてきたことがないのに,手紙の返事だけはマメなんだね。ただ・・・」
葵は,女将が何かに気づいているのではないかと思って一瞬はっとしたが,そのまま「ありがとうございます」と一礼して自室に戻った。
「どうも怪しい。変なことにならなければよいが」と女将は葵がいなくなった後の部屋で一人呟いた。
若槻輝虎が弟であることは葵らには伝えていない。だから,単に,前に買ってくれた客に挨拶状を送るのだという表向きを信じているように振舞っている。しかし,あの輝虎という弟が,官吏を辞めてからの行状があまりにも怪しげであるため,何かが気がかりなのだ。
葵は数通の封書を女将に手渡した。独り身の若槻宛のものは女性らしい美しい封筒,妻帯者あてのものは目立たぬような事務用封筒というように使い分けている。
宛名書きの文字もそのまま手本にしたいほど美しい字だ。
「お前さんは本当に達筆で筆まめだね。まあ,世話になっているお客に日ごろから手紙であいさつするのはよいことだよ。そういえば,若槻さんなんて,お前の水揚げをしたあとは,そのままどっかへ行ってしまって,一度も訪ねてきたことがないのに,手紙の返事だけはマメなんだね。ただ・・・」
葵は,女将が何かに気づいているのではないかと思って一瞬はっとしたが,そのまま「ありがとうございます」と一礼して自室に戻った。
「どうも怪しい。変なことにならなければよいが」と女将は葵がいなくなった後の部屋で一人呟いた。
若槻輝虎が弟であることは葵らには伝えていない。だから,単に,前に買ってくれた客に挨拶状を送るのだという表向きを信じているように振舞っている。しかし,あの輝虎という弟が,官吏を辞めてからの行状があまりにも怪しげであるため,何かが気がかりなのだ。