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女鑑~おんなかがみ~
第16章 献身
数日前の少し甘美な記憶は,しわくちゃになった新聞紙の小さな写真とは結び付かず,葵はぼんやりとして俯いていた。
女将は静かに口を開いた。

「もし,この暴漢がもう少し腕の立つ奴だったら,この政治家は殺されていたかもしれないというのはわかるんだね」
「・・・・・はい。申し訳ありません」
さらにもしこの暴漢が,お前が輝虎に送った折り紙を持っていたとしたらどうなる。
また,それを警察が証拠として調べたらどうなる」
「・・・・・・申し訳ありません。でも,若槻さんは・・・・」
「謝らなくてよい。お父上の借金のことやここで働く手はずや,そのほかのことでもいろいろと世話になって,さらに,お前の初めてのお客だ。
何か頼まれたらお役に立ちたいと思う真面目な気持ちを責めるつもりはないよ。
お前はよくやっている。お前が来てからこの店の格が上がったという人もいるくらいだ。」
「いえ,私など・・・・」
そのまましばらく沈黙が続いた。
「それに,本当は,謝らなければならないのはこちらの方だ。」
「そんな,どうして・・・・」
「若槻輝虎は私の弟だ。これまでここでは誰にも話していなかった。まあ千鳥だけは,うすうすあれが私の親類の一人くらいだとは気づいているようだがね。
それなのに,私の弟が,お前の素直さと頭の良さを利用して,危険な仕事をさせていることに気づかなかった。賄いを頼んでいるタケがこの新聞記事の写真と,お前に目隠しをさせていた客が同じだと気づいてくれたんだ。」

「弟さん,ですか」葵は驚いて尋ねた。
「そうだけれど,私は十二歳から置屋の養女ということになって家を離れたので,それからは数えるほどしか会っていないよ。
ただ,だんだんと危なっかしいことをするようになってきているので心配でね。
勝手に何をしてくれても構わないが,お前のような客を取り始めたばかりの娘を利用して危なっかしいことをしているとはね。
姉として…などと言えた義理ではないが,お前さんに対しては責任を感じているんだ。
とりあえず,これからは「タイガの紹介」だなどと言ってくる身元不明の客はすべて断ることにするよ。」
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