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女鑑~おんなかがみ~
第4章 憧れ
「操子、知っているかい。今度、うちで働き始めた女中さんは、スエさんと言ってね。僕より二つも小さいんだよ」
中学の一年生になった孝秀兄さまは、あるとき、操子にそう話しかけた。そういえば若いお姉さんが材木置き場のほうで掃除や洗濯をしているのを見かけたことがあるな、とぼんやり思い出していた。
「僕たちは中学校で学んでいるが、中には勉強ができても、中学校に行かず丁稚や小僧として働く人もいるんだ。それは家の経済が苦しいからなんだよ。
操子は、尋常科を終えたら女学校に行くだろう。だが、なかには尋常科の途中からでも、よそのうちの子守や下女になって、親元を離れて働く人もいる。しかし、本来、人間は平等であるべきなのだ。今後の日本は、近代化をすすめ、スエさんのような人も女学校で勉強を続けられる社会を作らなければならない。」
操子はぼんやりと自分の尋常科の同級生を思い浮かべた。確かに級友のうち、特に貧しい着物を着ていた子たちは、上級の学年になるにつれて学校を休むことが増えていたのだ。
けれど、そのことを深く考えたことはなかった。
孝秀兄さまは、これまでにも時折、操子を相手に難しい話をすることがあった。特に中学で弁論部に入ってからは、家で操子を相手に演説会をすることが増えた。
「スエさんは、尋常科も2年までしか行っていないんだ。
弟や妹の子守りをしていて行けなかったんだよ。
けれどね、スエさんは本当に真面目に丁寧に働く人なんだ。
そして、とても賢い人でもあるんだ。
このような人が、今の日本では…」
孝秀兄さまの演説には、「スエさん」という言葉が何度も登場するようになった。
そして、そのたびに、長い演説は熱を帯びた。
そのことに気づいた操子は、言いようのないもやもやした不快さを感じた。
脚注:
*尋常科 戦前の小学校は尋常科 と 高等科に分かれていた。尋常科は現在の小学校と同じ6年間。(時期によっても異なるが、この物語の舞台の時期においては)
*中学 戦前の旧制中学を指す。ある程度裕福な家庭の男子のみが進学した。
*女学校 戦前の高等女学校を指す。ある程度裕福な家庭の女子のみが進学した。
中学の一年生になった孝秀兄さまは、あるとき、操子にそう話しかけた。そういえば若いお姉さんが材木置き場のほうで掃除や洗濯をしているのを見かけたことがあるな、とぼんやり思い出していた。
「僕たちは中学校で学んでいるが、中には勉強ができても、中学校に行かず丁稚や小僧として働く人もいるんだ。それは家の経済が苦しいからなんだよ。
操子は、尋常科を終えたら女学校に行くだろう。だが、なかには尋常科の途中からでも、よそのうちの子守や下女になって、親元を離れて働く人もいる。しかし、本来、人間は平等であるべきなのだ。今後の日本は、近代化をすすめ、スエさんのような人も女学校で勉強を続けられる社会を作らなければならない。」
操子はぼんやりと自分の尋常科の同級生を思い浮かべた。確かに級友のうち、特に貧しい着物を着ていた子たちは、上級の学年になるにつれて学校を休むことが増えていたのだ。
けれど、そのことを深く考えたことはなかった。
孝秀兄さまは、これまでにも時折、操子を相手に難しい話をすることがあった。特に中学で弁論部に入ってからは、家で操子を相手に演説会をすることが増えた。
「スエさんは、尋常科も2年までしか行っていないんだ。
弟や妹の子守りをしていて行けなかったんだよ。
けれどね、スエさんは本当に真面目に丁寧に働く人なんだ。
そして、とても賢い人でもあるんだ。
このような人が、今の日本では…」
孝秀兄さまの演説には、「スエさん」という言葉が何度も登場するようになった。
そして、そのたびに、長い演説は熱を帯びた。
そのことに気づいた操子は、言いようのないもやもやした不快さを感じた。
脚注:
*尋常科 戦前の小学校は尋常科 と 高等科に分かれていた。尋常科は現在の小学校と同じ6年間。(時期によっても異なるが、この物語の舞台の時期においては)
*中学 戦前の旧制中学を指す。ある程度裕福な家庭の男子のみが進学した。
*女学校 戦前の高等女学校を指す。ある程度裕福な家庭の女子のみが進学した。