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女鑑~おんなかがみ~
第16章 献身
巡査が,おもむろにしゃべり始めた。
「本官は,若槻少年に対して,もちろん罪は許されないことではあるが,同情を禁じ得ないのである。
自分も若槻少年と同じく,かつては侍であり,ご維新までは腰に二本差していた身であるから,若槻少年の心のうちは手に取るようにわかるのである」
「……それは,ありがとうございます」
士族の少ない京都においても,巡査だけはさすがにその大部分が士族であった。
「ご維新からはや三十年,昨今の若者は,国を作るのだという気概のない軟弱者が増えており,誠嘆かわしいことであったが,久々に若槻少年のような見どころのある少年に相まみえることが叶い,幸甚に思う。
稽古用の竹刀で,あれだけの手傷を与えることができるとは,誠にかなりの腕前であると言わざるを得ない。
彼の所持するところの凶器が,仮に真剣の脇差か,あるいは調理用の包丁などであったとしても,一刀のもとに本懐を遂げていたことであろう。」
「それは,こわいこわい。竹刀やったのが不幸中の幸いでございます」
とおかあさんが震える真似をした。
「しかも,若槻少年は,武士としての覚悟を強くお持ちとお見受けいたした」
取り押さえてこの交番に引っ張られるや否や,この床に端座して大きな声で,”打ち損じたは末代までの禍根,この場をお借りして切腹させていただきたい”と」

横でおかあさんが噴き出しながら,
「忠臣蔵,松の廊下の真似ですやろか。いつの時代のはなしやら。
士族ちゅうのは,けったいな(変な)ぼん(坊 少年)がおりますのやなあ。」
と言うのが聞こえ,小紫は消え入りたい思いで頭を下げた。

「しかるに,本官としては,姉上を御呼びたてしたのも,姉上にはしかと反省していただきたいのである」
「……申し訳,‥‥‥ございません」
何を反省したらよいのかも皆目わからぬまま,小紫はまた頭を下げる。
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