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女鑑~おんなかがみ~
第5章 悪意
孝秀兄さまが、神戸の高等商業の寄宿舎に入る日が近づいた。兄さまは高等商業で近代的な経営を学び、倉持木材の経営を合理化したいということをいつも口にしていた。高等商業は近々大学に昇格されるらしいという話もあり、卒業生の多くは一流企業に幹部候補生として就職していた。

操子は高等女学校で級長を務め、学業のほかに茶道や華道の稽古にも精を出していた。
尋常小学校のころは算術などの学業も得意であったが、高等女学校に入ってからはあまり熱心になれず、学業では裁縫や家事の勉強に力を入れた。上級生のなかには在学中に嫁入りが決まって退学する者もいた。下級生たちの憧れの的だった美しい上級生が、外交官に嫁ぎ結婚と同時にドイツに渡るのだという話が伝わったときは教室中が華やいだ雰囲気になった。
操子も、お父さまが早くお嫁入り先を決めてくれたらよいのに、と願うことが増えた。

他方、客人のなかに怪しげな風貌の男たちが増えたことは、操子にとっても気がかりだった。高等商業への入学を控えたお兄さまは
「お父さん、高い利息のところから借り入れをするのはやめたほうが良いと思います。たしかに関東の震災で木材需要が増えましたが、このようなことはいつまでも続かないと思います。」
と意見したが、お父さま聞く耳を持たず、
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」といういつもの諺を繰り返し、そして操子は、父がその諺を口にするたびに、この前の夢を思い出した。

ある日、父を訪ねてきた客人の一人が、学校から帰宅した操子の顔を舐めるように見ていた。口の周りに無精ひげを生やし、顔には傷があった。見覚えはあったので、多分前にも訪ねてきたことのある人なのだろう。
操子が思わず後ずさると、その男はにやりと笑い、
「お嬢ちゃん、ずいぶんと別嬪になったんじゃないか」
と言った。
「若槻さん、お待たせしました。そうだ、操子、せっかくだからお茶を立ててお出ししてくれないか。この前、茶道のお免状もいただいたのだろう。」
お父さまが帳簿を手にして戻ってきた。

急いで茶室に案内して茶を立てたが、緊張したのか学校でのようにはうまくいかなかった。
それでも懸命に心を静め、茶を立てる操子は、若槻の視線を感じた。
夢のなかで、操子を食おうとした虎に似ているような気がした。

脚注:
神戸の高等商業:1902年設立 1929年 大学昇格 1949年~神戸大学
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