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女鑑~おんなかがみ~
第4章 憧れ
「孝秀、こんな生意気はせめて学校を出て稼げるようになってから言え。」
お父さまは、お兄さまを怒鳴りつけた後、それまで黙っていた操子に声をかけた。
お父さまが操子に声をかけるのは、久しぶりのことだった。

「操子はどうだ。まさかお前も自由恋愛をしたいのか」
「いいえ、私は、お父さまがお決めになったところなら、どこにでも喜んで嫁ぎます。」
自分でも驚くほどはっきりとした声が出た。これまでいつも褒められ、注目されていた兄に対する対抗意識が湧き上がってくるのを感じた。

「それは頼もしい。操子はまさしく女の鑑だ。生意気な孝秀とは大違いだ。やはり商売を大きくするには、縁戚関係が…。操子の嫁入り先も考えるぞ。操子は本当に良い娘に育ってよかった、よかった」
お父様は機嫌を直して独り言を続けられた。

操子は、今までは憧れの対象でしかなかったお兄さまに対して優越感を覚え、気持ちが昂るのを感じた。

***************
真っ暗な森の中を、操子はお父様に抱きかかえられて進んでいた。
遠くで獣の唸り声が聞こえる。
そのなかに大きな洞穴がある。

操子は縛られていた。
「操子、この洞穴のなかにいる虎を捕まえたら、お父様は大成功を収めることができるんだよ。だから、虎をおびき出すために、お前がこの洞穴に入るのだ」

操子はなぜか恐怖を感じなかった。
次の瞬間、操子は、昔絵本で見たような深い洞穴の奥に転がり落ちていった。
操子の周りの世界が渦巻のように続いて奥に引きずられてゆく。

洞穴の奥から、恐ろし気な虎たちが、列をなして操子に近づいてきた。
お父さまのために、生贄になり、悪い虎の餌食になるのだ、と思うと
悲しいようでもあったが、なぜか気持ちが昂ってもいた

先頭の虎は口の周りが毛深く、特に恐ろしい顔をして操子に近づき、真っ赤な舌を伸ばしてきた。

虎に食われるのはどのような感じだろうか、痛いのだろうか。
いろいろと考えるうちに、身体の奥のほうが熱くなり、
虎に食われるのが待ちどおしく感じられた。

************
その時、お母さまの声がした。
「操子さん、そろそろ起きないと学校に遅れますよ。」
虎もいない。いつもの部屋だ。
けれど、身体の奥に熱がこもった感覚は、起きてからもしばらく続いた。
操子は、この夢を忘れることがなかった。
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