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女鑑~おんなかがみ~
第9章 虚無
マツさんは
「こちらがお聞きしたいくらいなんですよ。
なぜ、急にスエちゃんが、大旦那様のお怒りを受けて暇を出され、遊郭なんかに売られてしまったのか。私たち女中はみんな不思議でたまらないんです。
あんなに働き者のいい子はいないんです。
たしかに、ちょっとあけすけすぎるところはありましたがね。
でも、田舎で育った娘はみんなあんなものです。
貞操だなんだとうるさくいうのは学校出のお偉方ですから。
お兄さまは、操子お嬢様のせいだとおっしゃったんですか。
お嬢さまは、本当に何のお心当たりもないのですね」と詰問した。
操子は幼い頃、マツさんに守りをしてもらっていた。だから昔には叱られたこともあるが、この数年は操子に対しても恭しい態度をとり続けているマツさんが、このような口調になるのは珍しいことだった。
操子は言うべきかどうか迷ったが、黙っていることが苦しくなった。
「いえ、実は、兄が、スエさんあてに書いてきた恋文のようなものがあって、兄は、それを私がスエさんに渡すように頼んできたのですが、私は、それを父に渡したのです」
マツさんは、「……どうして、そんなことを……」と絶句した。
「恋文なんて、不良のようなことを兄がするのはよくないと思いましたので」
「え、」
マツさんは、言葉を失ったまま、前掛けの端で涙を拭った。
「本当にそれだけですか。スエさんのことを嫌っておられたとかではないのですか」
操子は、なぜこのようなことでお兄さまやマツさんが怒ったり泣いたりするのかが理解できなかった。
「ですから、本当に、スエさんとはお話したこともなくて。
ただ、兄がときどきスエさんのことを話しておりましたが、私は興味もなくて。
でも、結婚したいなどと書いた恋文を預かったものですから、そのような不良のような真似は良くないと思って父に渡したのです。兄は優等生なのに、女中なんかと自由恋愛をしたら、大変なことになると……」
操子は、そこまで喋って自らの失言に気づいた。
「女中なんか、で悪うございました。
お嬢さまに悪気がないことは存じております。
悪気がないというのは、逆に恐ろしいものだとよくわかりました」
マツさんは、慇懃で恭しい口調に戻っていた。
「こちらがお聞きしたいくらいなんですよ。
なぜ、急にスエちゃんが、大旦那様のお怒りを受けて暇を出され、遊郭なんかに売られてしまったのか。私たち女中はみんな不思議でたまらないんです。
あんなに働き者のいい子はいないんです。
たしかに、ちょっとあけすけすぎるところはありましたがね。
でも、田舎で育った娘はみんなあんなものです。
貞操だなんだとうるさくいうのは学校出のお偉方ですから。
お兄さまは、操子お嬢様のせいだとおっしゃったんですか。
お嬢さまは、本当に何のお心当たりもないのですね」と詰問した。
操子は幼い頃、マツさんに守りをしてもらっていた。だから昔には叱られたこともあるが、この数年は操子に対しても恭しい態度をとり続けているマツさんが、このような口調になるのは珍しいことだった。
操子は言うべきかどうか迷ったが、黙っていることが苦しくなった。
「いえ、実は、兄が、スエさんあてに書いてきた恋文のようなものがあって、兄は、それを私がスエさんに渡すように頼んできたのですが、私は、それを父に渡したのです」
マツさんは、「……どうして、そんなことを……」と絶句した。
「恋文なんて、不良のようなことを兄がするのはよくないと思いましたので」
「え、」
マツさんは、言葉を失ったまま、前掛けの端で涙を拭った。
「本当にそれだけですか。スエさんのことを嫌っておられたとかではないのですか」
操子は、なぜこのようなことでお兄さまやマツさんが怒ったり泣いたりするのかが理解できなかった。
「ですから、本当に、スエさんとはお話したこともなくて。
ただ、兄がときどきスエさんのことを話しておりましたが、私は興味もなくて。
でも、結婚したいなどと書いた恋文を預かったものですから、そのような不良のような真似は良くないと思って父に渡したのです。兄は優等生なのに、女中なんかと自由恋愛をしたら、大変なことになると……」
操子は、そこまで喋って自らの失言に気づいた。
「女中なんか、で悪うございました。
お嬢さまに悪気がないことは存じております。
悪気がないというのは、逆に恐ろしいものだとよくわかりました」
マツさんは、慇懃で恭しい口調に戻っていた。