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女鑑~おんなかがみ~
第9章 虚無
女中頭のマツさんが家の中を掃除していた。
マツさんは、お母さまがまだ子供だったころに十二歳くらいでこの家に奉公してきて40年以上女中を続けている人だ。孝秀兄さまも操子も、子どもの頃からいつも世話をしてもらってきている。
操子も幼い頃は、このマツさんに懐いていたし、学校へ送り迎えをしてもらったこともある。
しかし女学校に入ってからはあまり話すこともなくなっていた。
「マツさん、スエさんという人はどこへ行ったのですか」
唐突に尋ねたので、マツさんは驚いた様子だった。
「私、スエさんのことはほとんど知らなくて、一度ご挨拶をされたことがあるのだけれど、子どものときなのでお顔も思い出せないし、どんな人なのかなと思ったのです。」
「お嬢さまは、スエちゃんにお会いになったこともなかったのですよね。それなのに、今どこにいるかなど、なぜ知りたいのですか。」
厳しい口調だった。
「いえ、その、父は暇を出した、とだけ言っていましたので、そのときには、特に気にも留めていなかったのです。
故郷のご家族のもとに帰られたのならよかったと思って。
しかし、夏に帰ってきた兄が私に、お前のせいでスエさんが苦界に沈められたなんてことを申しまして、そして怒って出て行ってそれっきりなんです。
私は意味が分からなくて、苦界ってなんだろうと思いまして、ずっとその言葉が気になったままなのです。
だから、もしマツさんならご存知かと思いまして・・・・・」
マツさんは呆れたようにため息をついた。
「それで、二年もたって、今頃、心配になられたのですか。
世間知らずのお嬢さまというのは・・・・・。
まあ、私も詳しいことは存じませんので・・・・。
それにしても、スエちゃんは、本当に働き者でいい子だったんですよ。
私はてっきり、お嬢さまはスエちゃんのことはよくご存じなのだと思っておりましたが。」
マツさんは、お母さまがまだ子供だったころに十二歳くらいでこの家に奉公してきて40年以上女中を続けている人だ。孝秀兄さまも操子も、子どもの頃からいつも世話をしてもらってきている。
操子も幼い頃は、このマツさんに懐いていたし、学校へ送り迎えをしてもらったこともある。
しかし女学校に入ってからはあまり話すこともなくなっていた。
「マツさん、スエさんという人はどこへ行ったのですか」
唐突に尋ねたので、マツさんは驚いた様子だった。
「私、スエさんのことはほとんど知らなくて、一度ご挨拶をされたことがあるのだけれど、子どものときなのでお顔も思い出せないし、どんな人なのかなと思ったのです。」
「お嬢さまは、スエちゃんにお会いになったこともなかったのですよね。それなのに、今どこにいるかなど、なぜ知りたいのですか。」
厳しい口調だった。
「いえ、その、父は暇を出した、とだけ言っていましたので、そのときには、特に気にも留めていなかったのです。
故郷のご家族のもとに帰られたのならよかったと思って。
しかし、夏に帰ってきた兄が私に、お前のせいでスエさんが苦界に沈められたなんてことを申しまして、そして怒って出て行ってそれっきりなんです。
私は意味が分からなくて、苦界ってなんだろうと思いまして、ずっとその言葉が気になったままなのです。
だから、もしマツさんならご存知かと思いまして・・・・・」
マツさんは呆れたようにため息をついた。
「それで、二年もたって、今頃、心配になられたのですか。
世間知らずのお嬢さまというのは・・・・・。
まあ、私も詳しいことは存じませんので・・・・。
それにしても、スエちゃんは、本当に働き者でいい子だったんですよ。
私はてっきり、お嬢さまはスエちゃんのことはよくご存じなのだと思っておりましたが。」