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女鑑~おんなかがみ~
第10章 追懐
操子は、小さな畳の部屋に風呂敷包み一つの荷物を置き、ぼんやりとしていた。
同じ部屋にいた夕顔姉さんが、女将さんの部屋を訪ねて行って、一人になった。
流石に、この数か月で自分の置かれた状況が目まぐるしく変わったので少しは疲れたが、それは単に慣れない環境への疲れであり、悲しいとか辛いとかいうことをほとんど感じなかった。
そういえば、昔から何かを強く望んだことも、悲しみを感じたことも、ほとんどなかった。

だから、女学校の同級生たちが、上級生が卒業すると言っては泣き、憧れの先生が他校へ移られると言っては泣き、ということを繰り返しているのも理解できなかったのだろう。
ここへ来る前も、来てからも、「好いた人と一緒になれなくなるよ」などといろいろな人に言われたが、みんなそのように人を好きになったりするものなのだろうか。

幼いころは、お父さまとお母さまとお兄さまが好きだった。
お兄さまは、学業も体操もできて、作文もお上手で、お顔も凛々しかった。けれど、恋愛というような不良のようなことをなさったので失望してしまった。
お父さまは、商売をどんどん大きくされて、働いている人たちにも恐れられているところが男らしくて素晴らしいと思っていたけれど、今になって、商売も家も全部だめになってしまった。
お母さまのことはよくわからない。綺麗な人で、贅沢がお好きな人だ。操子が遊郭に入るのを最後まで反対して泣いてくださった。けれど、桐の箪笥を手放すときにも、たくさんのお着物を手放すときにも、外国から取り寄せた飾り棚を手放すときにも、同じような感じで泣いて反対しておられたから、それほどは驚かなかった。

苦界とはどれほど恐ろしいところかと思っていたけれど、夕顔ねえさんも女将さんも良い人のようだ。
夕顔ねえさんは、明るくて話しやすそうな人だと思った。
どこかで会ったような気がする。声に聞き覚えがある。
もしかすると……、だとしたら……

忘れかけていた罪の意識が甦った。

「操子ちゃん、疲れたでしょう。女将さんの部屋で一緒にお茶を飲みましょう」と夕顔姉さんが戻ってきた。

「ありがとうございます」と身の回りだけを片付けた。



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