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結螺(ゆら)めく夏
第1章 榊様
他の遊男達が、朝早くに客を見送ったり二度寝をする中
僕は座ったまま窓枠に寄りかかり、外の景色をじっと見ていた
チリン、チリン……
僕の心情も知らず、風鈴が高い音を響かせる
「…おぉ、良い音色じゃねぇか」
障子戸が開き、龍次が顔を覗かせる
「なんだ、金魚もいるのか」
勝手に入り、窓際に置いた金魚鉢を覗き込む
「………」
龍次に反応を返さずじっと外を眺めていると、龍次が眉を寄せ不敵な笑みを浮かべる
「……こいつは、今のお前みてぇだな」
「………」
こんな時までそんな嫌味な事をいう龍次は、本当に意地が悪い
チラリと冷たく龍次を見ると口を尖らせる
「榊様が、寂しくない様に自分に似た金魚を連れて来てくれると、約束してくれました」
「……へぇ、それはいつだ?」
龍次から視線を逸らし、窓の外を再び眺める
みるみる視界が歪み、溢れた涙が無情にも、つぅっと頬を流れ落ちる
それを指で拭っていると、龍次が僕の隣に座った
「……結螺、俺は何も意地悪で客に本気になるなと言った訳じゃねぇ」
「……」
「おめぇには酷かもしれねぇが、外の男にとって、ここは夢の世界だ」
客が求めるのは、一時の夢……
夢はいつかは醒めるもの
龍次が、初めて見世に出る僕に言った言葉……
「……冷静になって考えてみろ
その榊様が、もしお前に心底惚れて本気で一緒になりてぇなら、
前金だ何だと、んなまどろっこしい事なんかしねぇで
太夫でも花魁でもねぇ安い遊男のお前を、早々に身請けして手元に置いときてぇって思うのが普通だろ」
龍次の言葉が、妙に胸にすとんと落ちる
……だからこそ、余計に堪らない……
「……少しくらい、遊男も夢を見たって……」
「ばぁか、……それは馴染み客を沢山抱えた花魁が言う台詞だ」
眉尻を上げた龍次が、僕を見て冷笑する
溢れた涙を再び拭い、立てた膝を抱えた
「……龍次の、意地悪」
結螺……愛してる
そう言って交わした最後の口付けを思い出す
惚れていたのは、僕だけだったの……?