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第1章 榊様

「意地悪で結構だ」

そう言って龍次が僕の頭に手をやり、ぽんぽんとする
先程の冷笑は消え、何処か優しさを滲ませた瞳を此方に向ける

「……」

あれだけキツい事を言っておいて
急に優しくするなんて…………ズルい

涙腺が簡単に緩み、熱くなった目の縁から涙がポロポロと零れ落ちる




…チリンッ……

緩い風が吹き、僕と龍次の頬を撫でる


小さな金魚鉢の中にいる琉金が、腰を小刻みに揺らし、尾に付く綺麗な羽衣を水中でゆらりと揺らめかせる



「……龍次」

涙をそのままに、畳に手を付いてその金魚鉢を上から覗き込む

「……ん？」

口角を上げた龍次は、やはりいつもと違い何処か優しい


来て早々に部屋持ちとなった僕は、他の遊男からあからさまな態度を取られている
もし大部屋に持っていったら、金魚に何をされるか解らない……


「この金魚、龍次に貰って欲しいんだけど……」


淋しそうに泳ぐ琉金
遊郭の中でしか生きられない、僕……

ゆらりと尾鰭を揺らめかせ
僕を見て、と龍次の方へと向かって泳ぐ


「……悪ぃが、できねぇ」


腕組みをした龍次の口から、無情な言葉が吐かれる

愕然としたまま、金魚を見つめた


「それなら、川に……」

流してくれ、と続けようとした僕の言葉に
被せる様に龍次が僕の名を呼ぶ


「結螺」


それに反応し、龍次を見上げる


「……暫く預かっててやる」


瞳に優しさを滲ませた龍次は
今まで見せた事のない、綺麗な笑顔を僕に向けていた

それは元花魁らしい色気を帯び
魅せられ、不覚にもドキッとさせられる


……龍次……


見上げた僕の表情に気付いた龍次は、直ぐにいつもの顔に戻り、ニヤリと冷笑する


「その代わり……こいつが生きてるうちに返せるよう
早く部屋持ち遊男になるんだな」

「……！」


熱くなった頬を隠す様に、龍次から顔を逸らすと口を尖らせた



……やっぱり龍次は、意地悪だ