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愛里 ~義父と暮らす小学六年生~
第4章 花火大会。ホテルのバルコニーで
「え、お母さん行かないの?」

 リビングでくつろぎながら週末の花火大会のことを話していた時だった。
 綾香が今年は遠慮しておく、と愛里と幸彦に告げた。

「何で行かないの?」

 幸彦が問いかけると、「やっぱり人が多くてね…」と綾香は遠慮がちに微笑んだ。

 愛里達親子三人は、都内で開催される大きな花火大会に去年出かけていた。
 二万発以上の花火が打ち上げられる、国内最大級の花火大会で百万人近い観客が色とりどりの花火に歓声をあげる。

 去年は大した下調べもせず、愛里がせがんで連れて行ってもらった。結果、車道も歩道も所々で通行止めになっており、移動にかなりの時間を費やしてしまった。
 いい場所は昼間から場所取りをしているらしい人達に占拠されており、ようやく見つけた小さな隙間から、ビルに半分隠れた花火をどうにか見た。

 この混雑で、病弱な綾香はしばらく体調が悪そうにしていたし、目的の花火もまともに見れなかったしで、あまりいい思い出にはならなかった。

 家に帰ると幸彦はすぐホテルの予約をした。来年の花火大会の日だ。
 花火大会を一望できるバルコニーのあるホテルの一室だ。

 来年の予約ですよ、とホテルの人に呆れられながらも幸彦は無事に部屋を確保することが出来た。

「まあ、ね…だから今年はホテルを取ったんだけど」
「うん、でもそこに行くまでに疲れちゃうのよね。このところちょっと体も重たいし」

 愛里がいる手前か、体調が悪いという直接的な表現はしなかったが、確かにこの夏、綾香は体調のすぐれない日が多いようだった。

 原因は恐らく、夏の猛暑だ。

 外での運動には注意をするようにと愛里も学校で言われていた。
 夏のスポーツ大会は軒並み対策を強いられ、イベントによっては中止を決断するところもあった。

 今年の夏の暑さは例年以上だった。

 花火大会は夜とはいえ、気温もさほど下がらず蒸し暑さは解消されないだろう。
 そんな中でまさに「人の海」と表現出来るような混雑の中に綾香を連れ出すのは難しいかもしれない。

 それは愛里にも幸彦にもよく分かる。

「だからね、幸彦くんと愛里ちゃんと、二人で行ってらっしゃいな。お母さんにはお土産話を聞かせてね」
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