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姦譎の華
第17章 17
17
「最近実感するんですよ。人間ってのは結局、どちらかに分かれるもんなんだなって」
男はロックグラスを掲げ、ダウンライトに氷を乱反射させると、「SなのかMなのか。性欲は誰にだってあります。何も恥ずかしがることじゃない」
多英は軽く頷いた。
同意を示したのではない。ただの相づちだった。
「専門ではないんですけどね、仕事柄、心理学にも通じていなければならないんです。職業病ってやつかな、私には女性の心の奥底に隠れている願望が、手に取るようにわかってしまうんです」
医者だと言っているが、爪が伸びている、間違いなく嘘だろう。大げさな抑揚をつけ、これ見よがしの流眄を送ってこられようが、ただ軽くはにかんでやるだけでも最大級の温情と言えた。
フロアを打ち抜いたスペースは開放感があったが、よく見るとライトに照らされた天井には埃の影が映り、壁紙もところどころが浮いてしまっていた。バーテンダーはオーダーしたときから不慣れさ丸出しで、ひとくちつけたコンチータには二度と手を伸ばす気にはなれない。新宿の行きつけのバーと比べると、何もかもが見劣る店だった。
「わかるー、さすがケンさん奥がふかーい。あたしもさ、自分のことドMだと思うもん」
ついた溜息は、男の向こう側の女の子が差し込んだキャハッという笑いでかき消された。
この子の会話は必ず、「わかるー」からだった。後に続く話から、おそらくは言われたことの半分もわかっていないのだったが、とにかくどんな話題であっても共感を示さずにはいられないらしい。自分よりも若いことは確かだが、未成年と言われればそう見えるし、もっといっていると言われても頷けなくはない。というのも、歳の頃にまさって見る者に訴えかけてくるのは、耳はもちろん、瞼にも鼻にも、唇にも並ぶ夥しい数のピアスだった。
「ま、私は自他ともに認めるサディストだと思いますよ」
「わかるー、ケンさんは絶対、Sだよね」
「こんなこと言ったら引かれてしまうかもしれませんが、M性を宿す女性の被虐願望を満たすことに、ありえないほどの喜びを感じる男なんです」
「うんうん、わかるわかる」
「最近実感するんですよ。人間ってのは結局、どちらかに分かれるもんなんだなって」
男はロックグラスを掲げ、ダウンライトに氷を乱反射させると、「SなのかMなのか。性欲は誰にだってあります。何も恥ずかしがることじゃない」
多英は軽く頷いた。
同意を示したのではない。ただの相づちだった。
「専門ではないんですけどね、仕事柄、心理学にも通じていなければならないんです。職業病ってやつかな、私には女性の心の奥底に隠れている願望が、手に取るようにわかってしまうんです」
医者だと言っているが、爪が伸びている、間違いなく嘘だろう。大げさな抑揚をつけ、これ見よがしの流眄を送ってこられようが、ただ軽くはにかんでやるだけでも最大級の温情と言えた。
フロアを打ち抜いたスペースは開放感があったが、よく見るとライトに照らされた天井には埃の影が映り、壁紙もところどころが浮いてしまっていた。バーテンダーはオーダーしたときから不慣れさ丸出しで、ひとくちつけたコンチータには二度と手を伸ばす気にはなれない。新宿の行きつけのバーと比べると、何もかもが見劣る店だった。
「わかるー、さすがケンさん奥がふかーい。あたしもさ、自分のことドMだと思うもん」
ついた溜息は、男の向こう側の女の子が差し込んだキャハッという笑いでかき消された。
この子の会話は必ず、「わかるー」からだった。後に続く話から、おそらくは言われたことの半分もわかっていないのだったが、とにかくどんな話題であっても共感を示さずにはいられないらしい。自分よりも若いことは確かだが、未成年と言われればそう見えるし、もっといっていると言われても頷けなくはない。というのも、歳の頃にまさって見る者に訴えかけてくるのは、耳はもちろん、瞼にも鼻にも、唇にも並ぶ夥しい数のピアスだった。
「ま、私は自他ともに認めるサディストだと思いますよ」
「わかるー、ケンさんは絶対、Sだよね」
「こんなこと言ったら引かれてしまうかもしれませんが、M性を宿す女性の被虐願望を満たすことに、ありえないほどの喜びを感じる男なんです」
「うんうん、わかるわかる」