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姦譎の華
第34章 34
 折れ枝のささくれがヒップをかすめたとき、背後から短い悲鳴が聞こえた。振り返ると、愛紗実はつくねんと立っていた。舞っていた枯れ葉が一枚、風に前髪を払われた生え際近くに貼り付いている。

「あ……」

 何度か目をしばたかせると、実は枯れ葉ではなかった黒影から雫が垂れた。拭った手のひらを見た愛紗実は、今度は瞬きを忘れて瞠目し、そのままゆっくりと体ごと向きを変えた。すぐそばで大きな石を抱えていた稲田に気づく。

「ねえ……何したの?」

 憤怒も苦悶もない、本当に、何が起こっているのかを質したいだけだという様子だった。近づこうとしている間にも、蒼白い顔を二つ三つと雫が蛇行して、何もない場所で彼女を挫かせている。

「血、出てるんだけど。……ねぇ、何したの。あんたがやったんでしょ?」
 提げていた枝を構え、「どうしてくれんの、顔、……顔だよ? やだ、ほんとどうしよう」
「ひ……」

 そのまま突き刺そうとしているが、稲田は応戦態勢を取れず、迫り来る愛紗実に震え上がっていた。

 何か声を出すべきだったのかもしれない。
 背後から忍び寄った島尾が、彼女を羽交い締めにした。

「え。……ちょっとっ、触んなっ!! お前ら程度の男が──」
「稲ちゃん!」

 その瞬間は、固く瞼を閉じた。

 硬かったものが、軟らかく潰れていく音が聞こえた。悲鳴は、男の子のごく小さなものしか上がらなかった。それもどこか遠くへ駆けていった後は、人が立てる音は鈍い打音のみとなり、やがてそれも天を鳴らす風音と岸壁を打つ波音の中に消えていった。早く逃げよう──不意に両脇を抱えられ、ところどころに返り血を浴びた二人に支えられて公園をあとにする。出口で一度だけ、自分の居た場所を振り返ると、茂みに囲まれた暗がりには忘れ去られた残土のように動かぬ影があった。

「──んあっ……、いいっ……!」

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