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姦譎の華
第7章 7
 極力、物音を立てないようにして家を出る。同僚やお客に嫌な人でもいるのかもしれない。聞こえた呟きを、大人は大変なんだなという未知の世界へと押し込めようと努めた。しかしどれだけ頑張っても、母の声はプールの水のように耳奥で澱んでいた。

 ──三度目の督促の封筒を先生に渡されたとき、母には内緒で父に連絡を取った。どうやら修学旅行の積立金も、PTA費も支払われてはいないらしかった。

 忙しさを理由に会えないことが多かったが、この時ばかりは仕事を抜け出し、喫茶店で待ち合わせてくれた。迎えた父は笑顔だったが、いまいち困惑を隠しきれていなかった。

 背が高くなったな、まだまだ伸びそうだ、美人さんになってきた、俺に似なくてよかったな、勉強ができるのは俺似だと信じたいぞ。

 そんなどうでもいい話をしてくる。頃合いまでの時間を、誰も損をしない言葉で埋め尽くしたがっていた。

 話を折り、本当に伝えたかったことを伝えた。

 色々、困っている、本当に色々。できれば父から母へ何か言って欲しい。真剣に願い出た。もしかしたら父は、自分を手元へ引き取ると言い出すかもしれない。そうなったら困ってしまうのだが、そうなってほしい期待もあった。話が持ち上がったら、母も考えを改めてくれるかもしれない。

「実はな」
 しかしのらくらと受け答えしていた父は、「俺な、家族全員で引っ越すことになった。だからこうして会うことは、できなくなる」
「いつ? どこに?」
「もうすぐ、遠くにだ。おまえの家には内緒にしておいてほしい」

 そういえば今日話す一人称は必ず俺であって、父親を自称する語は用られていなかった。母に対しても自分に対しても他人行儀な話しぶりは、父はもう、よその家の父であって、自分の父であるつもりはないらしかった。

「……ママに言ったら、怒るよ」
「ああ、だから頼む」

 逃げるつもりだ。
 母に言って、させなくしてやろうか。
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