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姦譎の華
第7章 7
しかし今日会わずに黙って行方をくらませればいいものを、学校へ滞納しているのをはるかに上回る額を差し出し、小学生に向かって頭を下げてきた父を、親として頼る気も、罵る気も失せ果てた。誰だこのオッサン。頼んでくれたトーストを平らげて胃が満たされると、目の前の男の人は、憐れで滑稽な、関わりを持っていることすら我慢ならない人へと豹変していた。ここで逃がしてしまっては、後々こちらが損をすることになる。しかし目の前の出来事を直情抜きに俯瞰することは、当時の自分にはまだできなかった。
「お前の幸せを願ってるよ。お前は……、あんなお母さんみたいになるんじゃないぞ」
最後に残した言葉は、前半は嘘、後半は本心だろう。
家に戻って渡された金を隠し、居間の座卓で勉強をしていると、まだ日付が変わっていないというのに母が帰ってきた。
「おかえ……」
後ろからもう一人現れて言葉を切る。
「……え、おい」
向こうは向こうで、スーツ姿のいかにもなサラリーマンのオッサンは、誰もいないと思っていたのに自分の存在を見つけて驚いていた。
「いーのいーの、上がって?」
母は酔っていた。仕事終わりはだいたい酔っている。いつもは酔うと接しづらさが増すのだが、オッサンと一緒だとご機嫌だった。
「はやく飲み直そ、ね?」
ノートを広げている座卓へとビニール袋が置かれ、「あっちの部屋でやりなさいよ。邪魔」
ご機嫌なのはオッサンに対して限定らしく、見下ろす母の声音は低く、拒絶を許さないものだった。勉強道具を集めて隣の部屋へと向かおうとすると、
「ふすま、開けないでよ? てかムダに電気使わないでとっとと寝て」
追加で背中へと言い放たれる。
「……あんたの娘か?」
他にどんな可能性があるというのだろう、オッサンが訊ねた。
「そうなんだけど、ブスでしょ? やんなっちゃう」
「そんなことないぞ。あんたにけっこう似てる」
「ほんとやめて、全然似てないから。父親似。あのクズに似たからブスなのよ。もういいじゃんそんなこと、ね、飲も。ね、ね?」
「お前の幸せを願ってるよ。お前は……、あんなお母さんみたいになるんじゃないぞ」
最後に残した言葉は、前半は嘘、後半は本心だろう。
家に戻って渡された金を隠し、居間の座卓で勉強をしていると、まだ日付が変わっていないというのに母が帰ってきた。
「おかえ……」
後ろからもう一人現れて言葉を切る。
「……え、おい」
向こうは向こうで、スーツ姿のいかにもなサラリーマンのオッサンは、誰もいないと思っていたのに自分の存在を見つけて驚いていた。
「いーのいーの、上がって?」
母は酔っていた。仕事終わりはだいたい酔っている。いつもは酔うと接しづらさが増すのだが、オッサンと一緒だとご機嫌だった。
「はやく飲み直そ、ね?」
ノートを広げている座卓へとビニール袋が置かれ、「あっちの部屋でやりなさいよ。邪魔」
ご機嫌なのはオッサンに対して限定らしく、見下ろす母の声音は低く、拒絶を許さないものだった。勉強道具を集めて隣の部屋へと向かおうとすると、
「ふすま、開けないでよ? てかムダに電気使わないでとっとと寝て」
追加で背中へと言い放たれる。
「……あんたの娘か?」
他にどんな可能性があるというのだろう、オッサンが訊ねた。
「そうなんだけど、ブスでしょ? やんなっちゃう」
「そんなことないぞ。あんたにけっこう似てる」
「ほんとやめて、全然似てないから。父親似。あのクズに似たからブスなのよ。もういいじゃんそんなこと、ね、飲も。ね、ね?」