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姦譎の華
第14章 14
 まるでラジオのように、隣から流れてくる声を聴いていた。

 べつに男女のイヤラしい行為に興奮したかったわけではない。蔑称を用いる頻度も、込める怨念の深さも増していく母を、牡を悦ばせる穴付の肉塊として憐れむためだった。それに、体つきが女らしく変わっていく弊害として、「おい、娘も混ぜてくれよ」というリクエストが聞こえてきたことがあり、いつでも窓から逃げ出せるようにしておくためには、絶えず隣へ注意を払っておく必要があったのだ。

 そういった危なげなオッサンのほか、おそらく母よりも年下から、激しい運動が心配になる高齢の男まで、母の御相手はとにかくバリエーションに富んでいた。そして母は平等に彼らに甘え、誘い、ねだり、抱き心地を褒められては喜び、牝の穴で貪欲に肉杭を頬張っていた。

 それだけとっかえひっかえ──いや取り替えていない、同時に相手していれば、街に居れなくなる理由ができてもむべなるかなだった。

「やあ、おつかれさん」

 新居となるマンションでは、一人のオッサンが昼間に堂々と夜逃げしてきた母娘を出迎えた。

 ときどき顔を合わせてしまう、母の豊富な連れ込み相手の中では見たことがなかった。むろん、全員を把握しているわけではなかったが、いわゆるオッサンの中でもかなりマシだと思えるオッサンだったから、会ったことがあるのなら憶えているはずだった。

「何か困ったことがあったら、言ってくれよ」

 搬入が終わり、日も暮れて、前の家にはなかった食卓で出前の寿司を食べているとオッサンが言ってきた。母や引っ越し業者、不動産屋と話している様子を見る限り、この部屋はオッサンが用意したもので間違いないようだった。物好きなオッサンもいたものだなあと思いながら、

「……くつ」
「くつ?」
「うん、上靴。それから体操服。新しい学校に行くんだもん」

 人見知りをするだけ損だから、そう要求した。

「ちょっと何言ってんの? あんたに言ってんじゃないわよ」

 すかさず母が卓面を叩く。目の色が本物の怒りに染まっている。

「そりゃ新しい学校で一人だけ違うのは恥ずかしいよな。わかった、揃えるようにするよ」

 母の情動には気づいているはずなのに、オッサンは笑い声を挟んで鷹揚にお茶を啜った。
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