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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
和葉が駆ける馬は、まるで魔法のように難易度の高い障害物をふわりと超え、伊織ら生徒の前を疾走していった。
馬場が一斉に騒めいた。
…まるで、ペガサスに騎乗っているみたいだ…。
伊織は密かに感動した。

「よし!篠宮、お前の馬術は素晴らしいな。
…先日来校された一條首相も大変に褒めておられた。
改めて、本校での馬術教練に力を入れるようにとのお達しだ。
近代的な武術や武装、軍事訓練も大切だが、お前らは将来各軍の幹部将校となる人材だ。
陛下の前に拝謁することも多くある。
多くの国民がお前らに注目するのだ。
そのような時に、美しく巧みな馬術は必須だ。
美しいものに人間は弱い。
第三帝国の将校は皆、背が高く容姿が整い、馬術、フェンシング、射撃…全てにおいて一流の精鋭揃いだ。
つまり選ばれし者のみが将校になれるのだ。
…自分もああなりたい。
或いは、あのように美しく優れた将校の為なら命を投げ出しても構わない。
この国の為に、命を賭けても構わない。
そう渇望されることが必要なのだ。
引いてはそれが軍部に対する求心力となるのだ。
皆も前時代的などと敬遠せずに、篠宮を見習って一層馬術にも励むように」
教官の声が、静まり返った馬場に響いた。

和葉はべた褒めに褒められてもさして嬉しそうな貌もせず、かといって白けた貌もせず、この五月晴れの空のように爽やかな笑顔を見せながら、馬上から降りた。

和葉の乗馬服は特注品だ。
やんごとない方々に拝謁する機会が多いので、学校が特別に誂えたのだと聞いた。

黒いぴったりとした上着は和葉のしなやかで美しい身体のラインを余すところなく見せ、中に着た白絹のシャツは胸元にスカーフのような華やかなボウタイが結ばれている。
細腰を強調するかのような、黒い乗馬ズボンは和葉の長く形の良い脚を美しく見せ、上質な黒革の乗馬ブーツは威厳を与えていた。

風が吹き、乗馬帽を取った和葉のしなやかな琥珀色の髪がさらりと流れた。
やや汗ばんだうなじの髪を、白い指先が無造作に搔き上げる。
…甘い花めいた薫りが彼からは漂った…。

…近くでその様を凝視していた級友が、ごくりと喉を鳴らした。
他の者も、熱に浮かされたかのような熱い眼差しで和葉を見つめていた。

伊織は自分でも訳の分からない嫌悪感に襲われ、静かにその場を離れた。


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