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いつかの春に君と 〜 番外編 アンソロジー集〜
第1章 三日月夜にワルツを
「…篠宮は綺麗な王子様みたいなのに、誰よりも野生的で戦闘的だな…て。貴族のお坊ちゃんにはとても見えない」
ぎこちなく答える伊織に悪戯めいた笑みを投げかける。
「褒めてるの?それ」
「もちろん!
…俺が誰よりも敵わないと思うのは篠宮だから」
事実そうだ。学業も、軍事演習も、ともすれば追い抜かされそうになる。
だから必死に勉強し、鍛錬する。
篠宮には負けたくない。
得難いライバルでもあった。

「嬉しいな。そんな風に言ってもらえて。伊織に褒めて貰うのが一番嬉しい」
それが癖なのか、頰杖をついて伊織の貌を覗き込むように見つめる。

きらきらと光を放つ琥珀色の瞳…。
吸い込まれそうだ…。

開け放った窓から春の黄昏時の風がそよぎ、甘い花の薫りが漂う…。

「…篠宮、何かつけてる?香水とか…その…」
…いつもいい匂いがするから…と、思わず尋ねると、和葉は明るく笑った。
「付けてないよ。香水は苦手なんだ。
…もっとも、ここじゃそんなもの必要ないしね」
「…へえ…」
…じゃあ、天然の薫りなのか…。
まるで、源氏物語の薫の君みたいだ…。
伊織が感心すると、和葉とまた眼が合った。

馬鹿みたいにどきどきする自分を振り払うように、開いていたドイツ語の辞書を訳もなく捲りながら話題を変える。

「篠宮は…何で士官学校に入ったんだ?
…貴族の子弟は珍しくはないとは言え、まだまだ少数派だろう?
…わざわざ三年間過酷な訓練をして軍人になろうだなんて…」
それは以前から聞きたかったことだ。

和葉は長い睫毛を瞬かせると、ふと窓の外に視線を預けた。

「…そうだね…。両親には大反対されたよ」
「やっぱりな」

美しい彫像のような横顔が春の夕陽に照らされ、やや儚げな陰翳を与えた。

「…すべては兄さんのためだ…」
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